2025年3月1日土曜日

授業を通して、学習気質★が身につけられるようにする

今回は、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第6弾です。

スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない』のなかで次のように書いています(68ページ):

学習目標が達成できる学習者の具体的な特徴を生徒に知ってもらうことは、成長マインドセットを身につけるうえにおいてとても重要です。目標が達成できる学習者は、普段どのような行動をとっているのでしょうか? 生徒がそのような行動を実践して、自分自身のものにするために、どのように指導すればよいのでしょうか? その一つの方法が、教科の学習や感情と社会性(後者はSELのこと)の成長に直接関係している「学習気質」の力を利用することです

 この後、サックスシュタイン氏は、同僚のブルームバーグ氏が書いた論文を引用しながら、4種類の「学習気質」とブルームバーク氏個人「学習気質」に関する体験談を紹介してくれています。

 そのなかで一番分かりやすいのは、すでに日本語にもなっている「学習気質」を「思考の習慣」と同じものと捉えるアプローチです。これは、『学びの中心はやっぱり生徒だ!』で紹介されている二つの柱の一方です。考え出した本人が紹介していますから、『成績だけが評価じゃない』で紹介されている内容よりも詳しくもあります。16種類の「思考の習慣」は、https://bit.ly/3XZmfbh で見られます。

 あなたは、これらは大切だと思いますか?

 どのくらいを、あなたの授業を通して生徒たちは身につけられていると思いますか?

 もし、まだあまり身につけられていないが、これらのほとんどは大切だと思う場合は、ぜひ『学びの中心はやっぱり生徒だ!』を読んで、それらを生徒に身につけてもらうステップを歩み始めてください。


 ブルームバーグ氏の「学習気質」に関する個人的な体験については、次のように書かれています(72~74ページ)。 

 (高校時代に)私が音楽を学んでいたころは、協奏曲のような難しい曲でも我慢して演奏できるようになるまで努力していましたが、幾何学の問題になると、一転してすぐに諦めていました。今にして思えば、当時の教師が私のことを受け入れてくれなかったり、「私にはできる」と信じてくれなかったことが原因だったのでしょう。

私にはできたはずなのです。もし、幾何学の教師が音楽の教師と話をする機会があれば、音楽の勉強において何年も困難に耐えて成功を収めていた私の姿を知ったことでしょう。私には、学習気質をつないでくれる「橋」が必要だったのです。

(中略)

歪んだ学習アイデンティティーをもっていると、うまく学ぶための力を低下させてしまい、困難な状況に置かれたときにうまく対処できません。多くの生徒は、自分の知識やスキルをある特定の場面では示せても、別の問題や新しい問題を解決するためにそうした知識やスキルを活用(応用/専門用語では、転移)するのが苦手です。

  (中略)

 ネガティブな学習アイデンティティーは、自分は相手にされていないと感じたり、疎外感を抱いたり(中略)と感じるような不公平な授業実践と学校方針によって強められてしまいます。たとえば、従来の成績評価では、失敗と成功のギャップを解消するために必要とされるフィードバックは生徒に提供されていません★★。

私が高校生だったころ、数学が苦手なのだという思いが、日々の授業における成績評価によってどんどん強くなっていきました。私が受けていたのは、小テストや課題、期末テストなどでした。

  (中略)

 もしかすると今、あなたの学校には、成績によって選別され、レッテルを貼られているシステムのなかにいるために「失敗した」と感じている生徒がいるかもしれません。そして、「苦手」意識や劣等感をもってしまっているでしょう。解決策が必要です!

 

 ブルームバーグ氏は、このような体験を通して、次のような結論を導き出しています(75~76ページ)。

問題を解決して、日常生活や仕事上での困難を乗り越えられるような回復力がある生涯学習者になれるように生徒を指導する、もしこれを目標とするのなら、生徒のなかに核となる学習気質を育てる必要があります。そして、思慮深く、自らについてよく理解し、必要な気質や関連する知的思考パターン(あるいは「思考の習慣」)の使用方法を知っている必要があります。そうすれば、困難は乗り越えられるのです。

生徒に学習デザインのプロセスに参加してもらい、学びの核となる学習気質の育み方をともに考えれば、生徒自身が納得し、オウナーシップ(当事者意識)が生みだせます。

生徒が学習のデザインプロセスに参加すれば、目標を達成してきた人はどのように考えて行動したり、感じたりしているのかについても学べます。気質に関する学習経験を一緒にデザインすることは、幼稚園から高校までの学校教育から高等教育、人生、そして職業面での成功体験において必要となる活用・応用力を育むためにも不可欠なのです。

 ウ~ン、これを実現するためには、ひたすら教科書をカバーする授業を教師ががんばって行い、教え終わった後にテストをし、点数や成績を生徒に知らせる方法は役立ちません。ぜひ、本書やサックシュタインさんの他の本や『学びの中心はやっぱり生徒だ!』を参考にしてください。

 

★この本では「学習気質」と訳しましたが、dispositionは他にも、「人となり、態度、性質、性向、特徴」などとも訳せます。

ちなみに、キャパシティー(capacities)は「その人の能力」や「その人ができること」を、dispositionは「その人の態度や性質/気質、さまざまな他の状況へのアプローチ(対応)の仕方」を指します。 

知人の中学校で英語を教えている先生が外国人のネイティブの先生に両者の違いを尋ねたところ、次のような例をわかりやすく示してくれたそうです。

「一緒にティーム・ティーチングをしていると、日本人のA先生の授業はすべて時間管理されていて、生徒に○○分と設定して、その時間どおりに授業が進んで行きます(キャパシティーの例)。一方、B先生は○○分と設定しても、生徒の様子をみて、フレキシブルに変えます(ディスポジションの例)。」

 なお「学習気質」は、文科省が大切にしている「主体的に学習に取り組む態度」とは似て非なるものです!(https://wwletter.blogspot.com/2023/11/blog-post.html を参照)

★★残念ながら、これがテストや通知表の実態と言えます!

2025年2月16日日曜日

目標達成に向けて適切な行動を実行する「実行機能」とSEL

  あれもこれもやりたいことはたくさんあるのに実現できない、やる気が出ずにいつまでもゲームをしたり動画を見たりしている、試験前日に焦って勉強を始めたが間に合わずにあきらめる、やらなくてはいけないことをどんどん先送りにしている、だれしもこんな経験はあるかと思います。これに大きく関わるのが実行機能(Executive Function)で、今回の投稿では実行機能とは何か、実行機能を育てるために教室でできる簡単な取り組みついて紹介します。

 実行機能(Executive Function)の発達はSELと深く結びついています。実行機能は、脳の前頭前野に位置すると考えられる目標に達成に向けて、思考、行動、情動を制御し、適切な行動を実行する機能の総称と定義されます。人間の自動的な反応を目的指向的にコントロールするシステムであり、効果的な問題解決や知識獲得への取り組みを規定する機能ともいえます。

実行機能には、主に下記の3つの要素があるとされており、一人ひとりの発達段階は異なります。

  • 優位な行動や思考を抑制する「抑制」

  • 課題や行動を柔軟に切り替える「切り替え」

  • ワーキングメモリに保持されいている情報を更新する「更新」


 また、実行機能は脳のさまざまな部位の活動によって影響を受け、感情やストレスとも関連が深いとされています。このため、刺激が強すぎたり弱すぎたりすることにより、実行機能がうまく働かなくなってしまうことがあります。感情やストレスをうまく調整しながら、実行機能がうまく働くための環境をつくることが大切です。


 目標に向けてやる気のない子、取り組めない子だと認識するのではなく、教師、そして子ども自身が目標達成のためのどの部分が苦手なのかを認識し、それをサポートしていくこと、障壁をなくす工夫を示すことが実行機能を育てることにつながります。たとえば、何かをやり遂げる場合の障壁となる段階には次のようなものが考えられます。一人ひとりの子どもによって苦手な側面は異なります。


  • 実現可能な計画を立てられていない

  • 途中で計画を修正することができない

  • 取り組み始めることが難しい

  • 取り組むことはできるが、続けることが難しい

  • 取り組み始められるが、途中でやめられなくなってしまい、時間の調整ができない


 実行機能がうまく働く環境を整え、実行機能をサポートする第一段階として、カリフォルニア州の教育セラピストは次のようなことを提言しています。


一日(授業)のはじめに、学ぶ意欲を測る

 空腹や疲れ、ネガティブな感情など、学びとは別の部分で子どもが学ぶ準備ができていないことはよくあります。子どもに自分の状態を見つめる機会を提供し、何が学びの障害となっているのか、なりうるのか認識してもらうことが大切です。


実行機能に関する言葉にする

 大人が頭のなかで自動的に計画を立て段階を経て行っていることでも、子どもは、目標達成までの過程を思い描けずに失敗してしまうことは多くあります。「この課題に取り掛かることが難しい。どうしたら取り掛かれるだろう」「成果物がどのようなものかイメージできない」「この課題に対しては、小さなタスクを設定して、時間をうまく使えるようにしよう」など、目標を達成するために通常必要なステップを教師が言葉にすることで、子どもたちが課題を実現可能なものとしてとらえやすくなります。


障壁を予測する

 だれもが過程のどこかでつまづくことを前提として話し、子どもに心の準備をさせることで、実際につまづくときの感情の揺れが小さくなり、自分に向けた否定的な心の声も少なくなります。課題に取り組み始める前に、どのようなことが難しいと思うかクラスでブレインストーミングをし、実際に起きたときの対処法も考えておくとよいでしょう。


実行機能のどの部分が得意なものからランクづけする

 子どもたちでグループやペアになって、得意な子どもからどのような方法やコツがあるか意見交換をする。


 実行機能を発達させるためには、どの部分が得意不得意かを認識し、自分に合う方法をいろいろと試していくこと、よく考えずにときには自動的に行動している選択に目を向けさせることで意識的に選択を行うことで、目標達成に向けたよい意思決定と行動につなげていくことが大切です。

2025年2月1日土曜日

生徒に学びの振り返り方を教える

 生徒が目標を設定し、学習に取り組んだ後(ないし、取り組んでいる最中に)、効果的に振り返られるようになるためには、取り組んできたこと(いること)やその過程を見直す機会が必要となります。

 『成績だけが評価じゃない』の著者のサックシュタインは、次のように書いています。少し長くなりますが、大事なことが書かれているのでそのまま引用します(84~85ページ)。

振り返りとは、学習に関する態度や性質/気質(disposition)★であると同時に、自己認識の核ともなる部分です。生徒には、「振り返り」とは何かを明確に伝え、なぜそれを行う必要があるのかについて説明します。生徒に対して「振り返り」という言葉を使うときには、それが意味している(期待されている)ことを全員が同じく理解できていなければなりません。

 単に「振り返り」とは何かを明らかにしておくだけではなく、そのなかで気づいたことの先にある次のステップを生徒がはっきりと認識できるようにすることが大切です。苦労したことやうまくいったことがはっきり分かるようになったら、「さて、次はどうしようか?」と問いかける必要があるのです。つまり、苦労したことで学習者としての自分はどうなったのか? 自然任せではできない事柄をやり遂げるための忍耐力をどのようにして身につけるか? さらには、どうすれば「自分自身の振り返りを振り返る」ことができるか? といった問いかけです。

 生徒に効果的な振り返りをしてもらうためには、まず振り返りを行うプロセスについての「足場かけ」を行う必要があります。ルーブリックと目標達成のための基準を用いた形式的な課題のように、振り返りを教え、練習し、具体的なフィードバックによって評価される必要があります。

私の経験では、ほとんどの生徒が、振り返りには学んだ内容をある程度特定することが含まれていると理解しています。一方、学習経験についてよかったことや、気に入らなかったことを共有する機会だと勘違いしている生徒も少なくありません。共有すること自体は悪くはありませんが、私がここで取り上げたいのはそういう意味ではありません。生徒は、以下の三点について書く(いたり、発表したりする)必要があるのです。

(1)課題で求められていることについての自分の理解

(2)自分がどのように課題を完成したかの説明

(3)ルーブリック(評価基準)に照らしあわせて、課題をどのレベルで完成できたのかについての振り返り

 

取り組んできた学習のなかから取り出した証拠を使って、自分がこれまでどのように学んできたのかについて理解している事実を示さなければなりません。とくに三番目については、生徒がもっともフィードバックを必要とする部分です。

 ここまで読まれて、あなたがこれまでに捉えていた「振り返り」の理解や実践と同じですか? それとも違っていましたか? どんなところは修正しよう/できると思われましたか?

 このあと、サックシュタイン氏は、生徒や卒業生の振り返りに関する取り組みや感想の実例を5つ紹介してくれています。生徒の実際の振り返りの記録や、それを体験した人たちの声ほど大切なものはないからです。あなたは、このように「振り返り」に関して生徒たちの声を聞いた/求めたことはありますか? 簡単なことですから(たとえ、卒業生であっても!)、すぐに尋ねてみてください。その際、大切なのは本音で応えられる状況をつくることです。本音が言えない/書けないと、振り返りの意味はほとんどありませんから。

 そしてサックシュタイン氏は、振り返りについて、次のようにまとめています(94~95ページ)。

 振り返りの目的は、生徒が設定した目標を取り上げて、使った方法について説明し、それがどのようにうまくいったのか(あるいは、いかなかったのか)、またその理由について論じながら、はっきりと具体的に自分の学びについて語ることです。

このような情報が最適となるデータ収集につながり、現在やこれからの学びを強化するフィードバックhttps://selnewsletter.blogspot.com/2024/12/blog-post.htmlを可能にします。また、生徒の声を尊重して、それぞれの生徒が適切なペースで進んでいけるような、情報提供に関する評価を今後開発する際にも役立つでしょう。

 振り返りについての『SELを成功に導くための五つの要素』(89~90ページ)からの情報も紹介します。

 この本の著者たちは、ロビン・ジャクソンの「振り返りは、私たちの思考や行動をよい方向に変えるためにもっとも効果的な方法です」をまず紹介しています。ちなみに、これは約100年前にジョン・デューイが言っていたことと同じです。

「振り返り」(本書のなかでは「自己を見つめる」とされています)というのは、以下のようなことができる力を養うことです。

(1)自己の内面へと目を向け、自分の思考や行動、またそれらを引き起こすきっかけ(トリガー)が何であるのかに気づくこと。

(2)気づいたことを振り返ること。

(3)意志に基づいて行動を選択すること。

(4)必要に応じていつもの行動を変えること。

 日本ですでに広範に起こっている「振り返り疲れ」https://note.com/daisukesensei/n/n57c6eeb73208のなかで行われているのは、これら4つのうちのどれでしょうか? 4つすべては行われているでしょうか? あまりにも、(2)だけで捉えていないでしょうか? 残りの3つをしっかり押さえるには、どうしたらよいでしょうか?

他の関連情報:①https://wwletter.blogspot.com/2023/11/blog-post.html

       ②『「考える力」はこうしてつける』 ~ 本全部が振り返りに関する本と言えます。原書のサブタイトルは、Developing Strategies for Reflective Learningですから。別な言い方をすると、「指導と評価の一体化」を実現するための本です。

 今回は、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第5弾です。

★これについては、次回の第6弾で詳しく紹介します。

2025年1月19日日曜日

感情のラベリングと受けとめ

 子どもが小さいころ、怒りっぽいことに対してどのように接していいかわからず、そんなことで怒らないで!と何度となく言ってしまった経験があります。感情を抑えられない子どもは、ときに、怒っていることで怒られ、親としても怒ってしまったことを悔やみ、悪循環に陥りました。怒らないでと言われた子どもは、「怒り」の感情を悪いもの、感じてはいけないものだと思い、「怒り」を感じる自分も悪いと思うようになり、感情表現を避け、自己批判をするようになりました。


  感情には、これまでにさまざまな分類わけがされています。喜怒哀楽といった大まかなものから、2000を超える感情までいろいろなラベリング(名づけ)がされています。日本語でも、感情表現新辞典にはさまざまな感情が掲載されています。


 今回は、イエール大学のCenter for Emotional Intelligenceの分類、Mood Meter (下記表)を参照します。ここでは、感情は、ポジティブな度合いとエネルギーの度合いで分類されています。感情をラベリングすることには、次のような効果があります。


1.自分の経験を客観的にとらえ、どのように行動するべきかの指標となる

2.感情をラベリングし表現することで、ほかの人に理解されやすくなる

3.ほかの人の感情を理解することで、その人をサポートできるようになる

4.感情を共有することで、社会的つながりが深まる




 感情を表現する語彙を持っていることは、自分の感情にも人の感情にも向き合ううえで必要なことですが、それに加えて、私が学んだことは、

  1. 感情の善し悪しをジャッジしないこと、
  2. 好奇心をもって、感情のもとになることや感情に起因している行動に目をむけること、
  3. このましくない行動がみられたら、変えるべきは行動であり、感情ではないことを頭に入れること、です。


1)感情の善し悪しをジャッジしない

 感情には、表のようにポジティブなものやネガティブなもの、そのエネルギーの程度に違いはあっても、正しい感情や間違った感情はありません。また、ネガティブな感情とポジティブな感情など、同時に複数の感情をもっていることもあります。自分の感情も人の感情も、そのままに受け止めることが必要で、他人が評価するものではありません。「そんなことで怒らない」と責めてしまっていた私ですが、「そんなこと」であるかどうか感じているのはその感情を感じている人自身です。

 また、人はポジティブな感情をいいものとしがちですが、ネガティブな感情ー怒りや不安、悲しみ、は現状を改善したり、乗り越えたりするうえで必要なものです。不安があるから、新しいことにも計画的に注意を払って取り組める、苛立ちや怒りがあるから、職場の環境の改善へと取り組めることもありますし、危険への忌避行動にもつながります。

 さらに、ポジティブな感情でも、楽観的すぎたら準備不足になることもありますし、喜びのあまり興奮しすぎたら、周囲の迷惑となることもあります。

 同じ現象や状態に関しても一人ひとりの感じ方は違うことを頭にいれ、自分も人もありのままの感情を受けとめることが、自己肯定につながります。逆に、自分が感じていることを否定されることは、自己の根幹の部分の揺らぎにつながり、自己肯定感の低下につながってしまいます。


2)好奇心をもって、感情のもとになった出来事や行動に目をむける

 子どもの置かれている環境やそれまでの経験、性格が一人ひとり異なるように、毎日教室にはさまざまな感情をもった子どもがいます。学校に入学してきた小学一年生のなかには、新しい環境にわくわくしている子ども、緊張している子ども、いらいらしている子ども、前日眠れず疲れている子ども、同じ場所にいても感じ方はさまざまです。そのことを念頭に入れ、子どもは一律的にこう感じている・感じるべきと思うのではなく、想像力を働かせて接することが大切です。もし、今あなたが感じているべき感情はこれだ、というメッセージを送ってしまったら、そう感じていない子どもは、自分の感情が正しくないものだと思ってしまいます。

 また、苛立っている子どもに対して、どうして苛立っているのか、考えることも大切ですが、落ち着いている子どもにも目を向け、どうして落ち着いているのかについて、考えたり、話してもらうことで、そう感じていない子どもの助けになることもあるでしょう。たとえば、すでに教室に遊んだことのある友だちがいるから落ち着いている子もいれば、まったく知らない人の中にいて緊張や焦りが苛立ちになっている子など、同じようにみえる環境にいても、さまざまな要因があることがわかり、共感できる機会が増えるでしょう。


3)強い感情に起因するこのましくない行動がみられた場合、変えるべきは行動であり、感情ではない

 似た感情をもっていても、感情がどのような行動になって表れるかは人によって異なります。喜びのあまり走り回ってしまう子どもや、怒りのあまり物や人にあたってしまう子どももいます。また、子どもが怒って物にあったっているように見えても、実は悲しいことや疎外感が原因で行動をしている場合もあります。「一人になってすごく悲しいんだね」と感情のラベリングをしたり、「みんなに声をかけに一緒に行こうか」と行動を促したりすることが必要なときもありますし、「〇〇が嫌ですごくイライラしているんだね。このクッションに怒りをぶつけてみよう」と表現させることがうまくいく場合があるでしょう。


 自分の感情がわかる、わかってもらえたと思えること、もしくは理解しようとしてくれる人がいることが、理性的な行動をとることに最も必要なことである場合もあります。自分の感情も人の感情も受けとめながら、適切な行動をとれるように向き合っていくことが必要です。


 大人でも自分の感情をありのままに受けとめ、表現することは難しいものです。子どもならなおさらです。感情に正しいもの、正しくないものはない、ということを頭に入れるだけで、自分にも周りにも寛大になれるのではないでしょうか。


2025年1月4日土曜日

生徒のやる気を引き出すのはテストや成績ではなく、目標

 今回は、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第4弾です。

 スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない―感情と社会性を育む(SEL)ための評価』のなかで次のように書いています(77ページ)。

よく教師は「生徒のやる気を引き出すのはテスト/成績だ」と主張しますが、私は、生徒のやる気は目標を達成することによって引き出されると考えています。(中略)実行可能な目標を設定すれば、自分の成長度合いが測れますし、自分自身の学習にオウナーシップ(自分事であるという意識・感覚)がもてます。そして、教師は、生徒のそうした選択に対して支援ができるようになるのです。

 サックシュタインは同僚のアイザック・ウェルズの考察として、「歩けるようになること」や「靴ひもを結べるようになること」などの例から、目標を設定するために不可欠な二つの特徴として紹介してくれています(80ページ)。

   具体的であること。

   達成するまでの段階が観察できること。

この点について、ウェルズは次のように補足しています(80~81ページ)。

生徒は、現在の自分の能力を「できたとき」のモデルと比べながら、自分自身でフィードバックを行います。一方、教師は、次のステップを明確にするために例を比較したり、モデルで示したり、単純に話をして、生徒が次に何をするべきかが分かるようなフィードバックを行います。

 生徒には、達成感が味わえるところに目標を設定すればメリットがある、と思ってほしいです。また、うまくできた事柄に注目し、目標に向かってどれくらい前進したのかが分かるようにすれば、努力した分だけ学習にきちんと反映されると、生徒も理解できるようになります。

 生徒の成長の記録はいろいろな方法(たとえば、チェックリスト、グラフ、スプレッドシート、ポートフォリオなど)で可能ですが、重要なのは、学んでいる最中に生徒自身がそれを見られること(理想は、生徒自身が自分の成長を示せるようにできること!)です。しかも、総括的な記録(成績)としてではなく、形成的な記録(成績には反映されない評価)としての位置づけで。

 そして、さらにウェルズは次のように結んでいます(83~84ページ)。

 何よりも重要なのは、生徒自身が納得できるまで学び続け、練習を続けるといった継続的な機会を提供することです。授業が終わったり、成績がつけられたことで学習は「終わった」と感じてしまうと、目標に対する自分の立ち位置がどこなのかにかかわらず、学びをやめてしまう恐れがあります。

 成績や、それに近いさまざまなマークや記号などは、年少の生徒にとってはご褒美になるかもしれませんが、年長の生徒にとっては決して学習意欲を高めるものではありません。

学習には、振り返り、再検討、再考察、修正が必要不可欠です。最終的な成果を理解して、目標を達成するための明確な道筋が見えていれば何度も作業に戻ろうとしますし、遊んでいるときと変わらないプロセスを踏みます。一番高いブロックタワーをつくるのも、(うん)(てい)をわたるのも、より難しい本を読むのも、成績ではなく目標が生徒にとっての学習動機となっているのです。

 以上、目標設定と学習の関係に関する大切な点をまとめてくれているだけでなく、サックシュタインは、それを具体的な事例でどういう可能性があるのかを(これまた同僚の開発した方法として)紹介してくれています。それは、読解力を身につけるための目標設定を支援するための以下の手順です(78ページ)。

1.  はっきりとした目標達成のための基準を設定する。(「どうなったら目標達成と言えるのか?」)

2.  基準を伝えて行動に結びつける。(「目標を達成するためには何をしたらよいのか?」)

3.  証拠を集めてフィードバックをする。(「基準はどのような証拠に支えられて、どのようなフィードバックをすれば目標達成に役立つのか?」)

4.  個人の目標を設定する。(「自分は何ができるようになりたいのか?」)

5.  自分でモニタリングして振り返る。(「自分のでき(・・)はどうなのか? どのように改善したのか? 次は何をしようか?」)

 1を設定する際の参考になるものをお探しの方には、『読書家の時間』の第7章「評価」の「読書の達人への道 チェックシート」と、『理解するってどういうこと?』の資料編に掲載されているA「理解するための方法とは」、B「大切なことは何か?―幼稚園から高校3年生までの読み・書き内容」、EおよびF「学習指導要領国語科とライティングとリーディング・ワークショップ比較」、H「優れた学び手が使いこなしている思考法」がおすすめです。

また、上の手順は、ほかの教科領域にも応用できます。上記の資料Hが単に「優れた読み手と書き手」ではなく「学び手」になっているのはそのためです。

 さらに、上記の5段階をしたのちの6段階目として、現在の目標を再考したり、新しい目標を設定したり、成果物をもう一度確認したり、フィードバックを得るために改めて観察したり、さらには、自分自身でのモニタリングと振り返りの継続などが考えられます。★★


★これは、まさにドジャースの大谷選手が高校時代からやり続けていること!? そして、本書の第3章のテーマである「より良く学ぶために自己管理を促進する」と関連するというか、コインの裏表の関係にあります。目標が自分のものにならない授業や行事等が続きますから、教師が「自律」の必要性を強調せざるを得ない状況も続きます。

★★この点については、『イン・ザ・ミドル』の第8章「価値を認める・評価する」が参考になります。また、生徒中心の三者面談という可能性もあります。詳しくは、『「考える力」はこうしてつける』の第8章「自己評価」を参照ください。その際の具体的な問いは、次のようなものが考えられます。

2024年12月21日土曜日

生徒の成長マインドセットを育てる

 「成長マインドセット」を聞いたことがないという教育関係者は少なくなっていると思います。評価と成長マインドセットおよび、その反対の固定マインドセットは、とても密接に結びついています。

 そこで今回は、「評価で生徒の自己認識を育てる」https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第3弾として、②成長マインドセットを育てる に焦点を当てます。

 スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない―感情と社会性を育む(SEL)ための評価』のなかで次のように書いています(65ページ)。

従来の学校教育システムは固定マインドセットを強化してしまい、学習経験のあらゆる場面で生徒にある種のレッテルを貼りつけてきました。それによって生徒は、「得意」、「不得意」で評価してしまうという発想を容易に身につけてしまい、できないと教えこまれてきた分野の学習については、いとも簡単に取り組みをやめたり、嫌な気持ちや不安を抱いたりしています。

 この状態は、著者が活躍するアメリカよりも、入試や中間・期末テストで自分の能力を輪切りにさせられ続ける日本の方が、はるかに重症です。(この状態に対して、教師は無力なのでしょうか?)

 ちなみに、固定マインドセットと成長マインドセットをわかりやすく説明すると、次のようになります。「学校でうまくやっていくための才能は生まれながらにあるものだ、と生徒が考えているならば、その生徒は学びについて『固定マインドセット』をもっていることになります。一方、一生懸命に取り組めば誰でも学ぶことができると考えるのが『成長マインドセット』です。成長マインドセットをもつ生徒は、固定マインドセットの生徒よりも学校で現実にうまくやっていくことができます」(『感情と社会性を育む学び(SEL)』の107ページ)★

 下の表は、成長マインドセットと固定マインドセットの変化を表したものです★★。

 Kは幼稚園の年長組です。4年生以降の数字は、どうなると思いますか? また、これはアメリカでの数値ですが、日本で同じ調査をしたら、どのような数値になると思いますか?

 『成績だけが評価じゃない』の著者のスター・サックシュタインは、次のように書いて、具体的に成長マインドセットを育てる方法も提示してくれています(65~66ページ)。

教師として私たちは、すべての生徒に「自分には能力がある」ということに気づかせる責任があります。スキルのなかには、習得が難しくてより多くの練習を必要とするものがあるかもしれませんが、意欲的に取り組めば、その目標ですら達成できるようになります。(注訳)結局のところ、生徒に達成してほしいことがあるのなら、まずは「自分にはできる」と気づかせなければなりません。もし、生徒が「自分にはできない」といった固定マインドセットの言い方をしているのを耳にしたら、ていねいに優しく「やればできる」ことに気づかせて、その目標を支援するためのフィードバックを提供してください。このフィードバックは、小グループでのミニ・レッスンや直接指導、文書にした個別のフィードバック、一対一のカンファランス、生徒同士のピア・レビュー★★★のあとに教師も加わるなどといった方法で行えます。

 このあと、成長マインドセットを育てる際は、教師が使う言葉の大切さ、時間はかかっても繰り返し練習することの大切さ(勉強以外のスポーツなどの多くのことでは、それが当然のことと捉えられています!)、そして最後に「固定マインドセットにとらわれる瞬間は誰にでもあ」り、「進歩が見られず、手こずっているときに不愉快になったりイライラする場合があるけど、そのような感情から抜けだすためにも、『まだ分かっていないだけ』だと気づくことが大切」(66~68ページ)であることが強調されています★★★★。

 

★成長マインドセットに関するセクションは、上で紹介した2冊以外の本にも含まれています。『学びはすべてSEL』は60~63ページを参照(ここでは、「固定マインドセットをもつ人は、知性や才能を含む基本的な資質が変わらないし、変えられないという特性がある、となっています。才能だけが成功を生みだすと信じており、彼らは何か新しいものを習得するための努力を軽視しているわけです」と説明されています。また、特に63ページの図がわかりやすいので、下に貼り付けます!)、『SELを成功に導くための五つの要素』は121~122ページを参照してください(ここでは、「学習ゾーン」=ZPDとの関係で捉えられていますhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2023/10/blog-post_15.html。残念ながら、日本ではまだこの捉え方も理解のされ方がとても弱いので、いい学びを子どもたちに提供できないままが続いています)。さらには、生徒指導にも成長マインドセットやSELが欠かせないのですが、残念ながら、それも弱いです。『生徒指導をハックする』の第5~7章https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784794811691 を参照してください。

★★この表の出典は、本になることを逃してしまった『親と教師のためのマインドセット入門』(仮題)の21ページです。この本を読んでみたい方は、pro.workshop@gmail.comにメールしてください。

★★★「文書にした個別のフィードバック」は、https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762033278 の第7章。「一対一のカンファランス」は、教師と生徒の一対一で行う対話形式の指導のことです。ある意味、教える際のもっとも本質的な方法と言えるでしょう。興味をもたれた方はhttp://projectbetterschool.blogspot.com/2015/03/blog-post.html。「生徒同士のピア・レビュー」は、同じ著者によるhttps://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794811936 を参照ください。

★★★★ まだ分かっていないだけ』を含めて、使う言葉の大切さについては、前述の『親と教師のためのマインドセット入門』(仮題)および、ピーター・ジョンストン著の『言葉が変わる、授業が変わる!』https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784623081295 と『オープニングマインド』https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784794811141 が参考になります。

2024年12月7日土曜日

形成的フィードバックで強みと課題を知る

 「評価で生徒の自己認識を育てる」の第2弾です。

 前回https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html 紹介した6つの可能性のうちの ①学習を通して生徒の強みや課題を認識し、感じることを表現するための方法 を紹介します。

 スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない―感情と社会性を育む(SEL)ための評価』のなかで次のように書いています(54~55ページ)。

形成的な学びと総括的な学びは誤解されています。私たちは、総括的に示された学習成果(期末試験の成績や学期末の通知表など)を重視しすぎて、そこに至るまでの形成的なプロセスを軽んじてしまうといったケースがあまりにも多いというのが現状です。

形成的な学び(評価)とは、学びがどのように起こっているのかを明らかにすることです。つまり、生徒がどのように取り組んでいるのかを確認したうえで、より良い取り組みや、学びを可能にするために役立つフィードバックの提供機会を指しています★★

 形成的な営みは成績に含まない場合が多いため(たしかに、含むべきではありません!)、生徒は(教師も・訳者付記)「意味がない」と思って誤解するケースが多いです。しかし、形成的な営みのなかでこそ学びが生じていますので、もちろん「意味がある」のです。教室での学習環境を整えていき、教室を、自分には何がうまくできて、どのような点は改善すべきなのかを見極める場所であると、生徒自身が信頼感を抱く必要があります。★★★

 このあと56~62ページにかけて、形成的な学び/評価を取り入れるための方法がいくつか紹介されています。

・具体的な教え方としてのプロジェクト学習とワークショップの授業

・授業中に支援を受ける機会を公平に提供すること ~ この際、平等との違いを認識する必要があります! https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=%E5%B9%B3%E7%AD%89

・生徒のスキルや知識を形成的に評価できる課題づくり

・生徒と一緒に作るルーブリック

 これら(特に、ルーブリック)は、「それぞれの生徒が『今どこにいるのか』が理解できるように手助けして、次のレベルに行くための道筋を提供すれば、生徒は自己認識を高め、いま必要としているものが何かを主張するための力を身につけはじめます」(63ページ)。 3つ紹介されているルーブリックのうちの一つを掲載します。

 生徒と一緒に目標達成のための基準(=ルーブリック)をつくれば、授業で何が期待されているのかが明確になり、知らなければならないこと、やらなければならないこと、そしてより重要な、どうすればうまくいくのかについて不安感を減らせます。しかし、すべての生徒がすぐに学べるわけではありません。私たち教師が「期待していること」が何なのかを、可能なかぎり明確にすれば、生徒はより自信をもって学習に取り組むようになります(64ページ)。

 ルーブリックの価値は、もちろん評価の見える化にもありますが、最大の価値は、生徒たちがまだ学習している間に自己評価+自己修正・改善を可能にして、より高みに自分を押し上げることができることと言えます。これは、これまでの評価の捉え方にはなかったものではないでしょうか?

 

★ここでは「学び」が使われていますが、「評価」に置き換えられます。

★★換言すると、形成的評価とは、まさに「指導と評価の一体化」を実現した教え方・学び方ということになります。

★★★これが、学級づくり、授業、コミュニティーとしてのクラスの核だと思いますが、あなたは実現できていますか? まだの方や自信のない方は、本書『成績だけが評価じゃない』の第1章「信頼できるだけの人間関係を築いて学びをサポートする」、『「居場所」のある学級・学校づくり』、『「考える力」はこうしてつける』などが参考になります。