2025年6月7日土曜日

時間の管理

時間の管理を苦手にしている生徒は(大人も!?)少なくありません。著者のサックシュタインさんは、アメリカでは「とくに、思春期の生徒の場合はその傾向が強い」と書いています。「年齢が上がるにつれて、提出物などの期日を忘れないように確認してくれる大人が少なくなり、学習する場所もバラバラになって、生徒自身が時間を管理しなければならなく」なるからです。

「小学校のころは、はっきりと期待を示してくれる教師と一緒に一日の大半を一つの教室で過ごしていたので、楽だったかもしれません。中学生になってクラスが変わる★と時間管理という新たな悩みが生じるため、このスキルを身につける必要があるのです」(『成績だけが評価じゃない』の107ページ)とサックシュタインは書いた後に、

「子どもの計画性や責任感の育成には、万能となる解決策はないということです。一人ひとりの生徒が自立した学習者になるためには、それぞれ少しずつ異なるものを必要とします」。幸いなことに、生徒が自立した学習者になる筋肉(能力)を鍛える方法はたくさんあります。少なくとも、生徒自身が時間管理に関する強みと課題に気づけるようにはできます(同、108ページ)。

と提案してくれています。

 時間を管理する方法は、ハイテク、ローテクを問わず、多様にあります。もっとも一般的なのはカレンダー(手帳、計画表)★★でしょう。いまは、紙媒体とオンライン形式の選択肢があります。さらに、グーグルカレンダーなどのリマインダー機能★★の使い方を紹介してあげれば、より効果的なサポートになります。

期日を入力する際、生徒はどのくらい前に通知すればよいかの判断をします。「はじめよう」というリマインダーを送る生徒もいれば、「プロジェクトの締め切り(レポートの提出日)は三日後」というリマインダーを送る生徒もいます。このように、それぞれに合わせた方法で時間管理を教えて、それぞれの生徒の学習習慣を尊重し、「口うるさい」と感じさせないようにします。それでも、有益なリマインダーが得られます(同上、110ページ)。

 この時間管理がうまくできないという問題は、単に方法の部分に限定されないとも思います。何を大切に思い、何はそう思えないのか(つまり、何は心底自分がやりたいと思い、何はその位置づけではないのか)という個々の生徒の優先順位の問題というか、クリティカルに思考ができるかの問題が大きいような気がします。前者として捉えられれば(優先順位を高く設定できれば)、方法にはほとんど関係なく、生徒たちもしっかりと時間に遅れずに対処できる能力はもっているようです(自分が心底やりたいと思えることは、誰でもちゃんとやれる!?)。そうなると、大切なものとそうでないものをしっかり見極めて行動する能力としてのクリティカルな思考能力/優先順位をつけられる能力をどうやって磨くことができるかの部分が重要になります(もちろん、自分は大切とは思えなくても、やらざるを得ないものへの対応を身につけないといけないという現実的な問題は残ります。しかし、こちらは、上で紹介した「方法論」でかなり磨けるのではないでしょうか?)。

★アメリカでは、中学生以上は、日本の大学のように、自分の取る授業ごとに移動をします。日本の中高のように教師が生徒たちのホームルームに来てくれる体制になっていません。ということは、日本では、アメリカで中高生で起こり始める問題が、大学以降に持ち越しになっているとも言えるかもしれません。

★★私はスティーブン・コヴィーの『7つの習慣』が好きですが、なかでも最も感激したのは、自分のための自分、夫としての自分、父親としての、組織の人間としての自分、コミュニティーの住民としての自分、そして地球市民としての自分(確か、この6つでアメリカ人の執筆なので「国民としての自分」は含まれていなかった記憶です)を書く欄があるスケジュール表を勧めていたことでした。実際、その手帳をしばらくは売られていました。通常の手帳/スケジュール表は、組織の人間としての自分=仕事関係のことしか書き込まないのですが、他の5つも同じように大事するべきだと思うからです。書く欄があれば、空白を埋めることを常に迫られるのでいい練習になり、それが身についたら、通常の手帳に戻っても大丈夫かと思います。

★★★スマホやパソコンなどに案内が自動的に送られる機能です。筆者もこれに毎日助けられています。

2025年5月17日土曜日

生徒が自己管理/コントロール能力を身につけることの大切さ

  SELの5本の柱の一番目は「自己認識」ですが(https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html)、二番目の柱は「自己管理」です。それはまさに、『成績だけが評価じゃない』(スター・サックシュタイン著)の第3章のテーマです。この本を読んだある先生から、「第3章の『より良く学ぶために自己管理能力を促進する』ことはとても面白いと思いました。あまり学校現場では教えられていないけど、人生においては大切なことだと思います」というコメントを頂きました。つまり、自己管理は教えられるスキルなのだ、ということです!

 この章の書き出しで、サックシュタインさんは以下のように書いています(105ページ)。

生徒の自己管理とコントロール能力の欠如は、小学校から大学まで、すべての教師が抱えている悩みの一つです。時間管理、計画・組織化、教室での人とのつながり方(どのようにして自分と気のあう人を選ぶのか、あるいは選ばないのかなど)、行動上の問題などといったさまざまな問題が生徒にはあり、教師は苦労し続けています。

上の文章に賛同する読者は、多いのではないでしょうか? そして、次のような疑問も湧きました。

・「自己管理とコントロール能力」は、教育関係者がよく言う「自律」と同じと捉えられますか? それとも違いますか? 「自律」には、「自己管理とコントロール能力」以外にどんなことが含まれるでしょうか? 「自律」の大切さは、よく強調されていますが、それを身につけるためにどのようなことを実際にしていますか?

・「小学校から大学まで」どころか、「社会人になっても」というか、「死ぬまで」ではないでしょうか?

・サックシュタインさんが挙げている4つの問題以外には、何が考えられるでしょうか?

 この後に、CASELの「自己管理」の定義も次のように紹介してくれています。

さまざまな状況下で、自分の感情、思考、行動を効果的にコントロールし、目標や願望を達成する能力。これには、個人や集団の目標を達成するために、目先の満足にとらわれないこと、ストレスの管理、そして、やる気や行動力をもつことが含まれます。

まさに「自律」の定義でしょうか?

ちなみに、私がいつも気になるのは、「自律」と「自立」の違いです。考えたことのある方、両者の違いに興味のある方は、その違いについて(pro.workshop@gmail.com宛に)教えてください。

 この後に、サックシュタインさんは次のように書いています(106ページ)。

これらのスキルが、あなたの学習スペースでどのように現れるのかについて考えてみましょう。もし、生徒たちがさまざまな状況下において、自己管理する方法を特別に教えられていたとしたらどうでしょう? そして、うまくできない場合に叱られるのではなく、克服するためのさまざまな方法を学べたとしたどうでしょうか?

もちろん、一般的な生徒にも効果はありますが、自己管理スキルは、周囲に圧倒されやすく、気持ちの区切りが苦手な、不安の大きい生徒にも有効です。たとえば、クラスではよい成績を収めていても、成績や進学、就職など、人生を左右するような重要な試験や評価では苦戦するといった生徒です。自己管理スキルを分かりやすく教えれば、生徒の自信を高め、目標を達成する能力も高まります。

いいこと尽くめと思いませんか?

 自己管理スキルの向上を促進し、教室内外における学習を整える方法として、サックシュタインさんは以下のような内容について紹介してくれます(次回以降、それぞれを取り上げていきますので、ご期待ください!)。

  1時間の管理

  2プロジェクト学習

  3マインドフルネス

  4ストレスの管理

  5自己管理のためのその他の方法

  6宿題と自己管理

 これらを扱うことによって、サックシュタインさんが目指しているのは、生徒が学習のオウナーシップ(当事者意識)をもてるようにすることです。

2025年5月4日日曜日

必要な助けを求める力: セルフ・アドボカシー・スキルを鍛える

 「わからないことがあったら質問してください」と言うのは簡単ですが、実際に教室でわからないことがあっても、ほかのクラスメイトの前で質問をする子どもはそう多くはないでしょう。そして、それは、その「わからないこと」が根本的なものであるほど、質問できないかもしれません。

 必要な助けを求めらなかったり、わからないことを聞くことができなかったりするのは、決してその人のやる気がないからではありません。自分自身の意識と周囲との関係性が障壁となっているのです。学校という小さな社会で、子どもの生活のなかでのピア・プレッシャーは、とても大きなものです。学校では、「すでに知っていること」「のみこみが早くすぐに理解できること」「努力なしでうまくいくこと」がよしと経験からインプットされてしまっています。何かがわからない、できないと表明することは、自分の弱さをさらし、周囲に、そして自分自身に負けたような気持ちになってしまうのです。


 しかし、社会で、だれにも頼らずに成功することはできません。第一線のアスリートにはコーチがいますし、作家には編集者がいます。メンター(相談できるよき指導者)や協力してくれる人がいてこそ、成功の道が開けていきます。教室での学びでも同様のものです。必要な助けを求めることが、他者に依存する行いではなく、自分が成長し、ものごとを達成するために必要な行いであること、さらには、必要な助けを求めることが学業の達成度と関係があることが研究で指摘されています。


 教室内で自分のニーズを表明し、助け合うことを実践するにはどうしたらよいでしょうか。教室内で、だれも人に頼る姿が見られなければ、子どもたちは、それは求められる行動ではないと受け止めます。助けを求めること、求めに応えることが期待される行動であることーつまりは、教室の規範とすることが大切です。


 ある高校の国語教師は、わからないことをポストイットに書いて共有し、だれでも回答したり、考えを述べたりできるスペースを教室に作りました。初めは生徒たちは戸惑っていましたが、一人の生徒が利用し始めると、ほかの生徒もそれに続きました。クラスメイトが理解できないことを表明し、それに回答を得ることによって、助けを求めることが他者と共有できる経験となります。そして、学びが一人きりのものではなくなり、質問をしわからないことを表明し、他者と協力しあうことが学びのプロセスの一部となります。また、教えることは、教えている者にとっても自分の理解と知識をふり返り言葉にすることで、学びを深めることができます。


 また、子どもたちとの日々のコミュニケーションを通じて、必要な助けを求めることは自分の弱さを表明するものではないこと、学びや成長のために大切なことであると伝えることが有益です。実際に、努力することでうまくできるようになることを信じている成長マインドセットをもつ人のほうがより助けを求める傾向があるとされます。子どもたちが成長マインドセットをもてるように、日々の生活で伝え、そして、必要な助けを求めてきたときや理解できないことを質問してきたときには、教師やクラスメイトにきちんと受け止められることが、手が差し伸べられる経験が必要です。


 先の国語の教師は、授業の終わりに、生徒の一人ひとりによく理解できなかったことを書いてもらうようにしました。そしてその目的は教師がよりよく教えることができるようになるためで、次の授業を組み立てることに役立つと伝えました。生徒の意見により、自分が理解できないことを表明することによって、教え方が改善でき、次の授業や今後教わる生徒の助けとなることを経験することによって、自分以外の人にも有益なことだという認識が芽生えます。


 日々のコミュニケーションで教師が助けを求めることの大切さを伝えていくとともに、上級生に自身が葛藤したこと、助けを求めて周囲の協力があって成功していったという経験を話してもらうことや、一人ひとりのわからないことを集めて共有したり、他者に助けてもらいうまくいった記録をつけることもよいでしょう。


 助けを求める行動を教室内で可視化し、助けを求めることができることを弱さではなく強さだと考えることにより、教室のあるべき姿が変わっていきます。理解できないことや課題があるときには、静かに葛藤し一人きりで乗り越えなければいけないことではなく、周囲に助けを求めることで、より学びが促されること、助けを求めることが成功のために必要なことを認識できるようになります。そして、自分が助けを求めることができるようになったらどうなるでしょうか。周囲の人は、他者のニーズを理解できるようになり、また、助けられ人は、今度は、他者が助けを求めてきたら助けるようになります。そうして、共感し合い、協力し合う教室へと変わっていくことができるでしょう。


 このように、必要な助けを求め、それに応える教室での環境と経験は、社会でのアドボカシースキルを育むことにつながります。アメリカでは、「アドボカシー」はとてもよく聞かれる言葉で、あるコミュニティやマイノリティの人々の権利やニーズを発信し、必要なサポートを受けられるようにすることです。日本では、福祉分野で使われることが多く、あまりなじみのない言葉かもしれません。しかし、アドボカシーが必要なのは、一定の人々ばかりではありません。自分が主体的に自身の権利を守り、よりよい環境で生きていくためには、Self advocacy(セルフ・アドボカシー)が必要です。Self advocacy とは「自己権利の擁護」と訳され、自分で自分自身の権利や利益、ニーズを適切に主張することを意味します。つまりは、自分の立場を表明し、必要なサポートを求めることです。


 他者のニーズを理解し、共感して、手を差し伸べることは、自分のニーズを把握し、助けを求めて、助けられた経験がなくては、できないものです。まずは、子どもたちが自分のニーズを表明し届ける場があること、受け入れられることをどんどん経験していくこと、そして、助けを求めることが自身の弱みではなく、成長していく機会だと捉えられるようになることが大切です。



参照

https://www.edutopia.org/article/getting-students-ask-help

Fong, C. J., Gonzales, C., Hill-Troglin Cox, C., & Shinn, H. B. (2023). Academic help-seeking and achievement of postsecondary students: A meta-analytic investigation. Journal of Educational Psychology, 115(1), 1.

2025年4月19日土曜日

急増する闇バイト、過去最多に上る校内暴力。背景にあったのは“マジ・ヤバ・うざっ”など短語の多用だった!?

  4月16日のNHK総合テレビ「クローズアップ現代」で、感情をうまく表現できないことが社会問題をつくりだす原因になっており、それには「感情リテラシー」を育む教育の実践が鍵ではないかと紹介がありました。大阪のある小学校では、それを年間通して取り組んだところ、校内暴力が激減したそうです。「子どもたちを暴力や犯罪から守るために大切なことは何か」を考える番組でした。

 まさに、この同じ現象に欧米では30年~40年前に遭遇し(というよりも、問題自体はもっと前からあったのを、切実な問題として認識したのがそのころ!)、SELの普及に動き出しました!

 それは、「生徒たちは、カバンと教科書だけを持って教室に来るわけではありません。生徒一人ひとりが精神的・感情的・身体的に異なる状態で登校しており、学ぶことに対する準備や意欲も異なっています」(『感情と社会性を育む学び(SEL)』の76ページ)という認識です。これに対して、日本の教育界は、授業や学校は感情・精神面や人間関係とは切り離した認知・知識面だけに絞って行われるべきという旧来の考え方が主流になっていないでしょうか?★

感情や社会性と日々の暮らしのなかで私たちがしていることはすべて切り離せないという理解にたてると、「教室において生徒が何らかの問題行動を起こすときには、何かしらの感情が働いてその行動を起こさせているのです。よって、問題行動の原因となっている感情や気持ちを特定するためにサポートしていくことが必要となります」(同上、76~77ページ)。

 先のNHKの番組で急増する闇バイトに関わる若者たちが抱えていた問題も、上記の状態とまったく同じであることが紹介されていました。学校でも、学校以外でも、自分の感情や気持ちおよび社会性について学んだり練習したりする機会が提供されていなかったことが明らかにされていましたし、練習さえすれば、誰でも身につけられるスキルであることも明確に示してくれていました。そして、そのために、番組では次のような具体的な3つの方法が紹介されていました。

●激怒・烈火のごとくなどの言葉を怒りの感情の大きいと思う順番に並べていく「言葉のバブル」。これによって、怒りにも多様な感情があること、人によって感じる感情の強さが違うことを学ぶ。

●話し手が一つの感情を表す言葉を特定して、その時に起こった出来事を聞き手に話し、聞き手は似たような感情の中から話し手が選んでいた感情を当てる「感情のグラデーション」(『学びは、すべてSEL』の89~96ページでは、「感情の輪」として紹介)。

●多様な感情を表すムードメーターを分かりやすく色分けした「きもちことばマップ」の作成。番組で紹介されていたのは、授業で扱われていた絵本『スイミー』の主人公の感情を言葉で表すことを学ぶ事例(『学びは、すべてSEL』の97~98ページには『ポピー:ミミズクの森を抜けて』を扱った事例が紹介)。

 上記の番組では「感情リテラシー」に焦点を当てていましたが、『感情と社会性を育む学び(SEL)』では、「感情は(私たちが気づかない場合にも)行動を決定づけるものであり、不適切な行動につながることもあります。さまざまな状況で自分自身の感情を認識し、感情を特定する力が『自己認識』です。この自己認識は、『あなたは悲しそうだね。お人形をなくしてしまってとてもがっかりしているね』などというように、第三者がその人の感情を認識し、表現するためのサポートをした結果、育まれるものです」(同上、77ページ)

 感情リテラシーを高めるだけでは限界があるからです(下に示すように、出発点ではありますが)。SELでは、自己認識を次の5つのものとして捉えています。

感情を特定する――自己認識は、自分自身の感情を名づけ(言語化し)、分類することからはじまります。

自分を正しく認める――これには、自分自身について客観的な見方をすることが必要で、周囲からのフィードバックと自分自身の振り返りによって、自分について客観的な見方ができるようになります。

自分の強みを認識する――自己認識を育むためには、一人ひとりに特有の強みと弱みを認識してもらい、強みを伸ばし、弱みに対応していくことが大切です。

自信をもつ――自分自身の強みを認識し、発揮できるようになると自信が育ちます。自信をもつことは、自己認識を強めるために不可欠です。

自己効力感を示す――自己効力感とは、自分は目標を達成できると信じられる状態です。自己効力感を得るには、成長マインドセットが必要です。

 これらに関連した具体的な方法(活動/アクティビティーの事例)がたくさん、『感情と社会性を育む学び(SEL)』(特に、第3章の「自己認識を育てる」、『学びは、すべてSEL(特に、第3章の「感情調整」)、そしてSELを成功に導くための五つの要素』(特に、第6章の「感情の器を大きくする」)で紹介されています。特に、最後の『SELを成功に導くための五つの要素』は、教師が自らもSELを体験しながら生徒たちにも同じことを提供していくように書かれていますので、研修として教員間で取り組める活動が豊富に掲載されています(もちろん、それらのほとんどは生徒たちもできる活動です)。

 それらの中から(今回はSELを成功に導くための五つの要素』に限定して)、いくつかを紹介します。最初の数字は、掲載されているページ数です。

221: 今、何を感じているのかが分からない場合は、「感じる気持ち」や「体の感覚」を意識してみる。これは、自分の感情を理解するための助けとなる。例えば、次のように自問してみるとよい。「私の喉は締めつけられるような状態か?  腸がねじれるような状態か?  顔は熱いか? 呼吸は苦しいか? この校舎から今すぐ走って出ていきたいと思っているか?」など。感じているものを見つめるという行為は、自分の知恵とつながり、いったん立ち止まるのに役立つ。そして、多くの選択肢があることに気づける。

●232: 生徒と一緒に、感情を表す言葉(383ページを参照)をつくる。分類として、ワクワク、悲しい、怖い、幸せ、怒り、穏やか、などを設定する。次に、各分類に関係する言葉を思いつくかぎり挙げてもらい、生徒にブレインストーミングしてもらう。そして生徒に、自分や他者のどのような感情を心地よく、または不快に感じるのかを、1段階から5段階のスケールで評価してもらう。

●232: すべての学年で、その日の教室の感情状態に関する意識を高めるための方法として、「天気予報」(381~2ページを参照)を使って一日をはじめる~ 上記の2つは、『SELを成功に導くための五つの要素』の232ページ。

●382: 感情の輪

・生徒に白い紙と鉛筆を配る。

・配られた紙を半分に折って、上部と下部に分ける。上部には円を描き、その円を四分割する。

・四分割したそれぞれの場所に、感情を表す言葉を一つずつ書き入れる。書き出す言葉は、自分が今まさに感じているものにする。

・紙の下部には、上部に書いた四つのうちから二つを選び、「私は〇〇〇と感じています。なぜなら△△△だからです」と書く。生徒には、この文は自分が希望しないかぎり、教師も含めてほかの人とは共有しないことを伝えておく。

 これを使った活動例:

1)クイックサークル ~ 各生徒が、現在「感情の輪」のなかにある気持ちを一つだけ共有し合う。

2)二人組で深く聴く活動 ~ 活動をしてみてどのように感じたかや、自分の書いた文章などの内容について、何でもよいので1~2分で話す。

 

★感情や社会性と認知・知識の2つを切り離しているだけでなく、行動(アクション)も切り離しています。「動かないで学ぶ」という問題もありますが、それよりもSELが5本の柱の一つに位置づけている「責任ある意思決定」であり、『学びは、すべてSEL』のなかでは他者尊重、勇気、倫理的責任、市民の責任、社会的な正義、サービス・ラーニング、リーダーシップなどを含めた「公共心」(第6章)の部分です。これを身につけたり、練習したりするには、教室の中はもちろん、学校の中や学校の外でも「責任ある意思決定」や「公共心」を練習する必要が不可欠なことを意味します。

 さらには、この図(https://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.html)を見ていると、第2章のアイデンティティーとエイジェンシー(=人間性?)の部分も弱いというか、手つかずのような気がします? そして、第3章と第4章もでしょうか?

 感情を含めたSELの欠如は、人間関係の問題を含めて多様な社会問題を引き起こしているだけでなく、生徒たちがよく学べない原因にもなっています! 両方の問題を改善・解決するために、認知・知識面と、感情や社会性や行動や人間性を統合する形の学びが求められています。

2025年4月5日土曜日

自己効力感の育み方

 自己効力感の大切さ★は、教育者の多くが口を揃えて言います。たとえば、見取りの大切さと同じように。しかし、両方とも実践している教師はどれほどいるでしょうか? ちなみに、少なくとも後者は教科書をカバーする授業との相性が極めて悪いことが、それが実践されない理由としてあります★★。単純に、教師が一生懸命に教える間に見取りもすることは不可能だからです。もし、本気で見取りをふまえた授業をするのであれば、生徒たちが熱心に取り組める時間を増やし(=教師ががんばる時間を減らし)、その間に教師は見取って、生徒たちの学びをサポートしたり、見取りを活かして自分の教え方を修正したりする必要があります。その具体的な方法ややり方について参考になるのは、『「学びの責任」は誰にあるのか』『プロジェクト学習とは』『あなたの授業が子どもと世界を変える』そして、https://x.gd/v3zaUで紹介されている本です(国語以外の教科では、『社会科ワークショップ』『だれもが科学者になれる!』『教科書では学べない数学的思考』などが参考になります。)

 

 それでは、本論の自己効力感の身につけ方を紹介します。

 

 「自己効力感 バンデューラ」で検索すると大量の情報が得られます。似た言葉の「自己肯定感」「自己有用感」「自尊感情」などとの違いについては、注意してください。

 一般的に、自己効力感を高める方法として挙げられるのは、次の4つです。

・直接的達成経験(成功体験を積む)

・代理経験(他者の成功体験を参考にする)

・言語的説得(周囲がサポートする)

・生理的・情動的喚起(健康状態を整える)

これらの訳し方というか、提示の仕方が、この大事な考え方が紹介されてから、もう50年近く(1977年?)経とうというのに、いっこうに授業で(教員研修の場でも!)使われない理由かもしれません。

 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/03/blog-post.htmlの紹介の仕方の方が分かりやすいでしょうか? 2番目と3番目が逆になっていますが。「フィードバックと足場がけ」ないし「言語的説得」は、授業では教師やクラスメイトなどの「信頼できる人の励まし」があるとやる気になったり、自信がついたりするという意味です。

 「代理経験」(ロールモデル)は、その対象が誰でもいいわけではありません。今の自分とはかけ離れた状況にある人ではダメです。自分と似た立場の人がうまくやっているところを見ることで、自分にもできそうと思えるのです。

 一番目の「成功体験」のポイントは、難しい課題を易しくすることではなく、小分けに(目標を分割)して着実に成功できるようにすることです。

 最後は、心身が快適な状態のあることが大切だということで、PLC便りの説明が分かりやすいでしょう。

 以上の4つを見てくると、単に知識ないし認知面を大切に考えればいいのではなく、感情や対人関係(要するに、SEL)が大きなウェイトを占めていることが分かるでしょう。

 

 元英語の教師で、今はインストラクショナル・コーチをしているタイラー・ラブリン先生は、「自信(やグリット、レジリエンス、さらには、自己肯定感、自己有用感、自尊感情等・訳者補記)に焦点を当てると、結果につながるという信念や希望を強調しているのに対して、自己効力感は結果を通じて信念を高めることに焦点を当てています。要するに、自己効力感は、生徒にこれまでの成功の証拠を意図的に提供し、将来の成功が可能であるという信念を築く手助けをすることに関わっています。自己効力感は、私にとって非常に強力な焦点となっており、それが私を教師としてより意図的にさせてくれます。これは、生徒が早い段階で成功の証拠を得られるように、評価やフィードバックをどのように組み立てるかについて意識的になることを要求します。それによって、生徒は将来の成功の可能性を見ることができるのです。」

 ラブリン先生が書いていることは、4つの方法のうちの「生徒自身の成功体験」や教師やクラスメイトなど信頼できる人からの「フィードバックや励まし」、そして部分的には「ポジティブな感情や良い身体的状態」とも関係していることを表しています。

 さらにラブリン先生は、「この点では最初に苦労しました。なぜなら、成功の『証拠』として表面的なものや偽りのもの(過度に賛辞を与えるようなこと)は、生徒たちの自分の能力や価値に対する自信を長期的に害することが多いとすぐに気づいたからです。だからこそ、生徒たちに早い段階で成功の証拠を提供するための方法を意図的に考える必要があることに気づきました」と書いています。

 生徒の自己効力感を高めるフィードバックの仕方として、「glow and grow(光っている点と成長が求められる点)」があります。成長が求められる点(=間違っている部分や改善が必要な部分)だけを指摘するのではなく、どちらかというと、すでに光っている点(=できている部分)を多めに指摘することで、自己効力感や自信を高められます★★★。

 

https://selnewsletter.blogspot.com/2025/03/blog-post_15.html の最後の下線。

★★このことは、生徒の自己効力感を高めることにも同じように言えるかもしれません。提示されている4つの方法に教科書をカバーする授業は助けになりますか? それとも、妨げになりますか?

★★★これは、「大切な友だち(https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/08/blog-post_19.html)」と同じと言えます。

 

参考:https://www.edutopia.org/article/boosting-students-self-efficacy

 

2025年3月15日土曜日

生徒がセルフ・アドヴォカシー★をできるようにする

  https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html から始まった連載の最終回です。生徒が自己認識をもてた際の行きつく先の一つが、これだと著者のサックシュタインさんは位置づけています。

 最終的には、生徒自身が必要とする支援の主張ができるようになってから学校を卒業してほしいと思っています。この目標を達成するためには、まずは自分ができることと助けを必要とすることが何なのかについて、見極められるように教える(練習する)必要があります。また、生徒との関係性を高めれば彼らの決断を支えられますし、彼らがより質の高い質問をすれば、自分が本当に必要としている手助けが得られるでしょう。

評価とは、生徒が知っている事柄とできることを理解し、その情報を使って、生徒が成長を続けるためにカリキュラムの調節を行ったり、より的を絞った学習経験をつくりあげることです。的確にセルフ・アドヴォカシーができるようになれば、生徒自身が必要とするものを深く理解しますし、学習者としての自信がもてるような協力関係を教師との間で築けるようになります。(『成績だけが評価じゃない』の98~99ページ)

日本の教育界は「自立」ではなく、「自律」を重視する傾向が顕著にありますが、そのなかに「生徒自身が必要とする支援の主張ができるようになる」は含まれているでしょうか?

また、日本において「評価」をこのように理解している教師はどれくらいいるでしょうか? 評価とは何か、何のために評価するのかということを根本から問い直し、学習や支援にリンクさせる必要があるのではないでしょうか?★★

 そして、次のようにも書いています。

すべての生徒が、注視してもらったり、必要なときに支援が受けられる権利をもっています。時間を公平に使うという考え方のなかには、生徒に必要なものを提供したり、彼らが過ごしている場所で彼らに会ったりすることも含まれるべきです。

(現状では)あまりにも多くの生徒が、特別な支援を受けようとしなかったり、セルフ・アドヴォカシーの方法を知りません。どのような理由であれ、「助けてもらうことは悪だ」と感じさせたり、対話のなかにおいて提供されるべき情報に触れていなかったり、彼らを尊重しない方法で強制するといったことがない環境整備が重要となります。必要とすることをはっきり表現できるような環境をつくれば、生徒はエンパワーされ(人間のもつ本来の能力を最大限にまで引き出され)、何事に対してもうまくできるようになる機会が得られます。(同上、100~101ページ)

 学校での学びと評価を、早く以上のことが実現するように転換する必要があります。

 これまでの7回の連載(=本の第2章)のまとめとして、サックシュタインさんは次のように書いています。

 人間としての、また学習者としての自分自身を知ることになる「自己認識」は、成長するにおいて欠かせない要素です。自分のことをよく知れば知るほど適切な判断ができるようになり、人生の方向性を決めるような困難な経験に対してもポジティブになれます

 生徒に自己認識のツールを提供し、彼らが言うことに耳を傾ければ、学習空間における公平性が高まります。生徒の学習経験はそれぞれ異なっていますので、私たちは授業やそのほかの時間を使って、少しずつ違ったものを提供する必要があります

生徒が学習についてどのように感じているのか、どこで苦労しているのかを共有したり、彼らが必要とする支援の主張機会が多ければ多いほど、さらに上手な主張ができるようになるでしょう。自己認識を高められれば、今後の学習に対する取り組み方だけでなく、自己効力感を高めてくれることにもつながるのです。(同上、103ページ)

 下線を引いた部分は、すべてSELとの関係で捉えることができるのですが(しかも、日々の授業や生活のなかで)、あなたはそれらのどのくらいをすでに意識したり、実践したりしていますか? 一番長い下線の部分は、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』と関係しています。

原書では「self-advocate」となっています。主に障害者支援や特別支援教育の分野で知られている言葉で、自らの特性を認識したうえで、必要とする支援を求めて主張できるように指導する場面において使われています。教育以外の分野では、ハンディーを抱える人が自分のニーズを主張できるようにすることを意味します。

★★その際の大切な基準は、「それが生徒(と教師)の学びを促進するのに貢献しているか」ではないでしょうか? もし、それに貢献していないもの(通知表や指導要録など)は葬り去るべき筆頭にあがることでしょう。

2025年3月1日土曜日

授業を通して、学習気質★が身につけられるようにする

今回は、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第6弾です。

スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない』のなかで次のように書いています(68ページ):

学習目標が達成できる学習者の具体的な特徴を生徒に知ってもらうことは、成長マインドセットを身につけるうえにおいてとても重要です。目標が達成できる学習者は、普段どのような行動をとっているのでしょうか? 生徒がそのような行動を実践して、自分自身のものにするために、どのように指導すればよいのでしょうか? その一つの方法が、教科の学習や感情と社会性(後者はSELのこと)の成長に直接関係している「学習気質」の力を利用することです

 この後、サックスシュタイン氏は、同僚のブルームバーグ氏が書いた論文を引用しながら、4種類の「学習気質」とブルームバーク氏個人「学習気質」に関する体験談を紹介してくれています。

 そのなかで一番分かりやすいのは、すでに日本語にもなっている「学習気質」を「思考の習慣」と同じものと捉えるアプローチです。これは、『学びの中心はやっぱり生徒だ!』で紹介されている二つの柱の一方です。考え出した本人が紹介していますから、『成績だけが評価じゃない』で紹介されている内容よりも詳しくもあります。16種類の「思考の習慣」は、https://bit.ly/3XZmfbh で見られます。

 あなたは、これらは大切だと思いますか?

 どのくらいを、あなたの授業を通して生徒たちは身につけられていると思いますか?

 もし、まだあまり身につけられていないが、これらのほとんどは大切だと思う場合は、ぜひ『学びの中心はやっぱり生徒だ!』を読んで、それらを生徒に身につけてもらうステップを歩み始めてください。


 ブルームバーグ氏の「学習気質」に関する個人的な体験については、次のように書かれています(72~74ページ)。 

 (高校時代に)私が音楽を学んでいたころは、協奏曲のような難しい曲でも我慢して演奏できるようになるまで努力していましたが、幾何学の問題になると、一転してすぐに諦めていました。今にして思えば、当時の教師が私のことを受け入れてくれなかったり、「私にはできる」と信じてくれなかったことが原因だったのでしょう。

私にはできたはずなのです。もし、幾何学の教師が音楽の教師と話をする機会があれば、音楽の勉強において何年も困難に耐えて成功を収めていた私の姿を知ったことでしょう。私には、学習気質をつないでくれる「橋」が必要だったのです。

(中略)

歪んだ学習アイデンティティーをもっていると、うまく学ぶための力を低下させてしまい、困難な状況に置かれたときにうまく対処できません。多くの生徒は、自分の知識やスキルをある特定の場面では示せても、別の問題や新しい問題を解決するためにそうした知識やスキルを活用(応用/専門用語では、転移)するのが苦手です。

  (中略)

 ネガティブな学習アイデンティティーは、自分は相手にされていないと感じたり、疎外感を抱いたり(中略)と感じるような不公平な授業実践と学校方針によって強められてしまいます。たとえば、従来の成績評価では、失敗と成功のギャップを解消するために必要とされるフィードバックは生徒に提供されていません★★。

私が高校生だったころ、数学が苦手なのだという思いが、日々の授業における成績評価によってどんどん強くなっていきました。私が受けていたのは、小テストや課題、期末テストなどでした。

  (中略)

 もしかすると今、あなたの学校には、成績によって選別され、レッテルを貼られているシステムのなかにいるために「失敗した」と感じている生徒がいるかもしれません。そして、「苦手」意識や劣等感をもってしまっているでしょう。解決策が必要です!

 

 ブルームバーグ氏は、このような体験を通して、次のような結論を導き出しています(75~76ページ)。

問題を解決して、日常生活や仕事上での困難を乗り越えられるような回復力がある生涯学習者になれるように生徒を指導する、もしこれを目標とするのなら、生徒のなかに核となる学習気質を育てる必要があります。そして、思慮深く、自らについてよく理解し、必要な気質や関連する知的思考パターン(あるいは「思考の習慣」)の使用方法を知っている必要があります。そうすれば、困難は乗り越えられるのです。

生徒に学習デザインのプロセスに参加してもらい、学びの核となる学習気質の育み方をともに考えれば、生徒自身が納得し、オウナーシップ(当事者意識)が生みだせます。

生徒が学習のデザインプロセスに参加すれば、目標を達成してきた人はどのように考えて行動したり、感じたりしているのかについても学べます。気質に関する学習経験を一緒にデザインすることは、幼稚園から高校までの学校教育から高等教育、人生、そして職業面での成功体験において必要となる活用・応用力を育むためにも不可欠なのです。

 ウ~ン、これを実現するためには、ひたすら教科書をカバーする授業を教師ががんばって行い、教え終わった後にテストをし、点数や成績を生徒に知らせる方法は役立ちません。ぜひ、本書やサックシュタインさんの他の本や『学びの中心はやっぱり生徒だ!』を参考にしてください。

 

★この本では「学習気質」と訳しましたが、dispositionは他にも、「人となり、態度、性質、性向、特徴」などとも訳せます。

ちなみに、キャパシティー(capacities)は「その人の能力」や「その人ができること」を、dispositionは「その人の態度や性質/気質、さまざまな他の状況へのアプローチ(対応)の仕方」を指します。 

知人の中学校で英語を教えている先生が外国人のネイティブの先生に両者の違いを尋ねたところ、次のような例をわかりやすく示してくれたそうです。

「一緒にティーム・ティーチングをしていると、日本人のA先生の授業はすべて時間管理されていて、生徒に○○分と設定して、その時間どおりに授業が進んで行きます(キャパシティーの例)。一方、B先生は○○分と設定しても、生徒の様子をみて、フレキシブルに変えます(ディスポジションの例)。」

 なお「学習気質」は、文科省が大切にしている「主体的に学習に取り組む態度」とは似て非なるものです!(https://wwletter.blogspot.com/2023/11/blog-post.html を参照)

★★残念ながら、これがテストや通知表の実態と言えます!