2023年9月30日土曜日

理解する際に欠かせない「共感」 ~共感11

 「SEL便り」の姉妹ブログの一つに、「WW/RW便り (wwletter.blogspot.com)」があります。これまでとは違った国語(特に、読み書き)の教え方を紹介・普及するための情報提供活動を行っています。

 国語(作文や読解)の授業は、基本的にテーマや教材ありきです。教師からお題をもらって書き、そして教科書に載っている(ないし、教師が見つけてきた)教材についてみんなで話し合う形で展開します★。

 それに対して、ライティングとリーディング・ワークショップ(=WWRW、ないし「作家の時間」と「読書家の時間」)が最も大切にしているのは、生徒一人ひとりが書きたいことを書き、読みたい本を読むというアプローチです。年間を通して、https://wwletter.blogspot.com/2012/01/blog-post_28.htmlのサイクルを回し続けることで、自立した書き手と読み手になることが目的です。

 WWで一番大切なのは、自分で書くテーマを選べることと作家やジャーナリストのサイクルを回せることであり、RWで一番大切なことは、自分にピッタリの本を選べることと読む時に使うスキルを練習し続けることです。これらがあれば、生涯にわたって書き続ける書き手/読み続ける読み手を育てることが、より容易になります。

 さて、そのブログと「共感」との関連ですが、広島大学の山本隆春さんは、『理解するってどういうこと?』(エリン・キーン著)を2004年に訳して以来(ということは、もう10年近く!)、その本の内容と関連のある本を月一で(「WWRW便り」の毎月第3金曜日に)紹介し続けています。

 https://wwletter.blogspot.com/search?q=%E5%85%B1%E6%84%9F を開いてみてください。

 http://wwletter.blogspot.com/2023/09/blog-post_16.htmlを含めて、「共感なしの理解はあり得ない」と思えてしまうぐらいです。

 それらのなかから、おもしろいと思えた本を一冊でも手に取っていただけたら、情報提供をしている者としてはとてもうれしいです。

 

★極めて個人的なことですが、筆者はこのような授業の結果、書くことも読むことも嫌いにさせられました。すでに教師が知っていることを書き出すことに何の意味も見いだせないだけでなく、原稿用紙に書くことがどうしようもなく嫌いでした。後者は、私に書くこと恐怖症を植え付けたぐらいです(それから解放されたのは、30歳になったころにワープロが登場して、キーボード入力ができるようになったからです)。読む方も、教師がすでに正しいと信じている解釈に合わせられるかがテストされるだけですから、ひねくれた私は、あえてその反対のことを発言して、よく廊下に立たされていたのを覚えています。おかげて、読むことも嫌いになり、20代の後半に司馬遼さんの本に出会うまで、まったくといっていいほど本を読みませんでした! とても悲惨な読み書き人生です。そんな体験を今の子どもたちにもさせたくないということで見つけたのが、ライティングとリーディング・ワークショップなわけです。

2023年9月23日土曜日

山極寿一さんの「共感」説 ~ 共感10

 先日テレビを見ていたら、山際さんが共感こそが、人類を人類にさせた最大の要因、というようなことを言っていたので、彼の本を何冊か読んでみました。

  家族や集団と共にあるという心 ― これを「共感力」と呼び変えてもいいのですが、われわれの祖先が、この非常に高い共感力を育んでいなければ、類人猿から人間にはなれなかった。そういっても過言ではないと思うんです。

  ただし、共感力がもたらすのは、必ずしもプラスの側面だけではありません。非常に高い共感力が、争いを生んで戦争をも引き起こす。共感力によって人類は傷ついてきたともいえるわけです。その共感力の有無、強弱という点で、われわれ人類とゴリラやチンパンジーなどの類人猿の間には明確な線引きができる。もちろんサルとも違います。(『人類は何を失いつつあるのか』関野吉晴との共著、46~47ページより)

 ちなみに、テレビでは、「身体の同調 → 心の同調 → 信頼度が増す」ということも話していました。この同調やミラー・ニューロンは、人間固有のものなのでしょうか? それとも、他の動物にもあるのでしょうか?(さらには、植物にも?)

 https://jp.indeed.com/career-advice/career-development/empathy-in-the-workplace には、職場で共感力が重要な理由が書かれていますが、学校などの学びの場でも共感力が重要なことは、ほぼ同じ理由を上げられるのではないでしょうか?

2023年9月16日土曜日

デザイン思考で、難題の解決・改善に迫る (アプローチ3)

 「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」のような(正解が一つではなく、多様にあり得る)難題に挑戦するための三つ目のアプローチは、デザイン思考です。それを、小学校を含めた学校教育に導入するための本としてhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2021/05/blog-post_16.html で紹介している『教室におけるデザイン思考』があります。(残念ながら、この本の翻訳は2年以上前に終わっていたにもかかわらず、版権の取得ができず、どういうわけか版権を取得した出版社も、いまだに邦訳が出せていないという悲劇が続いています!)

 以下で紹介するデザイン思考の内容は、その本のなかから下訳したものを原書のページ数をつける形で示します。

 

●デザイン思考とは

 「デザイン思考はなぜ重要か?」という第1章のはじめて、「デザイン思考によって、生徒はどんな種類の問題や状況に対しても、地域や世界を変革する主体となり、デザイナーのように対応できるようになるのです。デザイン思考は人間中心の方法であり、すべての人がデザイナーのように考え、行動できるようにする手立てとツールを提供することによって、デザインのプロセスを一部の人たちだけのものではないように民主化します。ここで言う『デザイナー』とは、状況や経験を改善したり、特定の問題を解決したりするために思考し、計画し、行動するうえで、デザインのプロセスや方法を用いる人を指しています。デザイン思考のプロセスは、共感、定義、発案(創造)、試作(プロトタイプ)、テストという5つのフェーズ(局面)からなっています」(24ページ)

 これを図化すると、以下のようになります。 


 「デザイン思考のプロセスはすべて、共感のための活動から始まります。共感活動によって、デザイナーは、自分がデザインする作品や解決策を利用するユーザーである人々を深く理解します。デザイナーは、問題を解決したり、ユーザーの経験を改善したりするための効果的な解決策をデザインすることを目指して、ユーザーのニーズを学」(25ページ)ぶのです。

 このデザイン思考を世に広めた会社IDEOの社長のティム・ブラウンの定義を活用しながら、著者は教室でのデザイン思考を次のように定義しています。

 「デザイン思考は、人間中心で探究中心の学習支援と、イノベーションを好むマインドセットとの統合です。そこでは生徒は教科横断的な知識・スキルを創造的な実践に活用し、共感的な気づきを協働で発見し、斬新なアイディアを生み出して探究し、目に見える成果をつくり出し、それをテストし、改良します。デザイン思考は、人々の(あるいは生徒自身の)生活に意味ある変化をもたらし、実社会の経験を改善し、複雑な問題への解決策をつくり出そうとする、勇気ある努力なのです」(28ページ)

 そして、スタンフォード大学のデザイン研究所のdスクールは、そのなかにK12ラボと呼ばれる幼稚園年長から高校卒業年度までを対象にしたプログラムもつくりました。これらの年代の生徒たちも、そしてその教師も身につける必要のある6つのマインドセット(考え方)を明らかにしています。それは、①人間中心、②プロセスの自覚、③試作品・試作案づくりの文化、④まずやってみるという気持ち、⑤言うのではなく、見せる、そして⑥根本的な協働です(34ページ)。これらは、どれをとっても、従来の教え方・学び方とは逆さまと思わされます。さらに、デザイン思考の取り組みを成功するのに必要なマインドセットとして、⑦創造力に対する自信、⑧創造的であろうとする勇気、⑨成長マインドセット、⑩初心者マインドセット、⑪「解放のデザイン」ともいえるようなマインドセットが挙げられています(38~43ページ)

 

●最初の段階の共感フェーズ

 デザイン思考全体に関する前段の部分が長くなりましたが、それでは最初のフェーズの「共感」の説明に入ります。『教室におけるデザイン思考』(原書名:Design Thinking in the Classroom)のなかで、もっともページ数が割かれているのがこの章であることからも、その重要性が伺われます! 著者は、この共感フェーズについて、次のように説明しています。

 「共感フェーズでは、生徒はデザインの対象を使う人々と、今後のデザインプロセスの大筋について中心に学びます。このフェーズが、デザイン思考を人間中心的なものとしています。このフェーズにおいて、生徒はユーザーのニーズと要望を深く理解します。ユーザーとは、生徒のデザイン活動が問題を解決し、実社会での経験を改善するためにつくりだした成果を利用する人たちのことです。共感の活動で、生徒はユーザーの感情や価値観や経験を知り、理解し、総合し、共有しようとして特定の行動をとります。ティム・ブラウンは共感の活動を、『他者の目を通して世界を観察し、他者の経験を通じて世界を理解し、他者の感情を通じて世界を感じ取る努力』(同書、p.68)と記しています。

生徒はインタビューや観察、現場に入っての経験や調査を行うことによって、共感をもつことができます。こうした共感の活動を行うのは、特に年少の生徒にとっては大変なことです。しかし、実践を数多く重ね、さまざまな方法を用いることによって、生徒は自分たちのデザインにとって役立つ気づきを得られるようになります。そうした気づきによって、生徒が物事を新しい光のもとで見ることができ、現在のアイディアや、実践、手順を見直し、ユーザーのふるまい方が説明できるようになります。こうした予期しなかった発見に示唆をうけて、デザイナーは革新的な解決のための新しいアイディアを開発することができるのです」(49~50ページ)

 

●共感を可能にするための具体的方法

 そして、それを実現する方法として(それらはすべて、大人たちも実際に使っている方法なのですが)、

 ・インタビュー

 ・観察

 ・イマージョン

 ・調査

の4つについて詳しく紹介しています。

 インタビューに関しては、それをするときの原則として、次の点に注意をするように促しています(60ページ)。

・広がりをもった質問と「なぜ?」の質問をする。

・物語を引き出す。

・インタビューするのではなく、いっしょにお話しをする感じで話す。

・よく聴き、自分の評価を加えない。

・詳しくノートをとる。

・質問の展開と順番をよく考える。

 観察は、生徒が「ユーザーは何をするのか、どのように活動するのか、どうして特定の仕方でそうした活動を行うのか、そして、ユーザーができないことは何か、といったことを観察します。質的要素に着目するこの種の実地調査で観察されるユーザーの活動、行動、感情は、生徒が気づきを得る手助けになります。したがって、ユーザーがデザイン活動の成果を用いたり、経験したりする実際の環境を生徒が訪れて、そうした環境の中にいるユーザーを観察することが非常に重要です」(62ページ)

 3番目の共感活動は「イマージョン(浸っている状態)」です。イマージョンとは、ユーザーが経験していることの中に自分の身をおくことです。つまり、自分たちのデザイン活動の全体像をよく理解するために、生徒はユーザーがしていることを自分たちもしてみるのです。(64ページ)

 最後の、「調査」は共感活動のための重要な方法であり、すべてのデザイン思考のプロジェクトにおいて、もっとも多く使われています。調査は、生徒がデザイン活動と、デザインの成果を使用するユーザーについての情報を得るためのすぐれた方法です。まず、生徒に、ウェブサイトや本、ビデオ、教育ゲームなどの、デザイン活動を効果的に行うのに必要な知識やスキルが得られる情報源を提供します。これらの情報源は、共感フェーズだけでなく、他のすべてのフェーズでも、すぐに利用できるようにします。(67ページ)

 「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」など現実に存在する困難な問題を解決・改善しようとする際に、どのようにアプローチしたらいいか、以上の説明で少しはイメージがつかめたでしょうか? この共感フェーズは、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/06/pbl.html(アプローチ2で紹介したPBL)でも、そのまま使えるというか、使うべきステップです。

 

★難題や複雑な問題とSELとの関係に最初に触れたのは、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/05/sel.htmlです。その記事から、スピンオフで「共感シリーズ」と「難題や複雑な問題への対応シリーズ」がはじまりました。

2023年9月9日土曜日

少しでもよりよいものを生徒たちに提供したいと願っている教師がもつべき最初の特徴も「共感」 ~ 共感9

  生徒たちに、少しでもよりよいものを提供したいと願っている教師に、イノベーターのマインドセットの大切さを提唱している本があります。

 それを可能にする八つの要素を、『教育のプロがすすめるイノベーション』の著者は、以下の図でわかりやすく示してくれています。

 これら八つをすべて満足している教師はいないかもしれません。徐々に増やしていけばいいのです。一つひとつ確実に。

 そして、その一番目にリストアップされているのが、なんと「共感」です。 

 これを実現するために、本の著者は、次の質問をすることを勧めています。

「自分自身がこのクラスの生徒になりたいか?」★

 

 そして、「共感できる教師は、教室の環境と学びの機会を、教師の視点ではなく生徒の視点から考えます」と言った後で、具体的な事例としてリサという教師の例を示してくれています。

 「(彼女は)これまでの指導方法では、(生徒たちが)意味のある形で学習内容を学ぶことができないと理解していました。すでに教える内容について彼女は精通しており、授業を行うことは簡単だったのですが、学習者である生徒にそのニーズや関心をもたせることはありませんでした。

それを改善するために、リサは教室を教師中心から学習者中心に転換したのです。彼女は自分の役割を変え、経験の設計者(生み出す役)になりました。そのことによって生徒たちは、実際に自分自身で学習をつくり出したのです。 

リサは、生徒たちとより良い人間関係を築きたいと思っていました。また彼女は、何人かの生徒がメディアの作成方法を知っていて、それを楽しんでいることも知っていました。しかし、その生徒たちは、その方法が学習効果を上げるものだとは必ずしも考えていませんでした。リサは、彼らの興味と彼女が考える指導方法を結びつけることで、革新的な学びの体験を生み出したのです」(『教育のプロがすすめるイノベーション』の54ページ)


★ちなみに、同じ本の40~45ページで「イノベーティブな教師=イノベーターのマインドセットをもった教師になるための5つの質問」を紹介されています。

・自分自身がこのクラスの生徒になりたいか?

・この生徒にとっての最善は何か?

・この生徒がもっている情熱は何か?

・真の学びのコミュニティーを作り出す方法にはどのようなものがあるか?

・今やっていることは、どのように生徒たちの役に立っているのか?

2023年9月2日土曜日

過去1年半で、4冊目のSELの本が8月末に出ました!

  本のタイトルは、『SELを成功に導くための五つの要素』。

 サブタイトルは「先生と生徒のためのアクティビティー集」ですから、本で紹介されている活動の数がすごいです!

 以下の図が、本の内容を表しています。メインの部分は、幹の部分です。

 訳者がこの本を日本の先生たちに紹介したかった理由が、訳者まえがきに書かれているので紹介します。 

 *****

日本中の学校で、毎日子どもたちと先生が幸せな気持ちで過ごせるように具体的な支援をしたい。これが、私たちがこの本を翻訳した動機です。

本来、教育とは、子どもの成長を日々実感できる喜びあふれる仕事です。けれども、教育現場は多くの批判にさらされ、先生たちは「世界一長い」と言われる労働時間と複合的な職務に疲弊し、その状況に若者は教職の魅力を見いだせずに教員志望の学生が減少しているほか、現職の教員も教職を離れる数が増えつつあり、慢性的な教員不足が続いています。

本文でも紹介されている研究結果ですが、生徒の学びと成長に最も影響を与えるのは「教師」です。教科書でも、授業時数でも、一クラス当たりの生徒数の少なさでもありません。この共通合意は、日本においても必要とされることだと思います。

子どもの成長に最も大きな影響を与える「教師」が心身ともに健康で、幸せで、自己を見つめ、振り返り、教育への情熱とエネルギーを存分に発揮し続けられる状態が、子どもたちの豊かな成長と幸せを導きます。

鍵となるのはSEL(Social and Emotional Learning=社会性と感情の学習)です。SELには、よい人間関係をつくるための社会的な力と、自分や他者の感情を受け止めて対応する力を育むことが大切な柱として含まれます。

教室でどのような学びを実現できるかは、クラスをどのようにして安心して学べる「学びのコミュニティー」にできるかにかかっています。それができるのは教師だけです。安心して学べる環境とよい人間関係が整えられて初めて、深く学ぶことも学力向上も可能となるのです。

それでは、クラスを学びのコミュニティーにするにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、SELをクラスの成長発達の様子をとらえながら、段階的に、適切に進めることが大切です。SELは、体系的かつ段階をふまえて適切に実施することが大切なのですが、本書の目的はその実践を支援することです。

本書では、クラスをコミュニティーにするために大切な「SELの五つの要素」を、先生と生徒が段階的に実践できるように詳しく紹介しています。とくに、先生自身が心を豊かにするためのアクティビティー(活動)が豊富に描かれているところが大きな特徴となっています。

日々の成長のみならず、子どもたちの将来も先生にかかっているのです。社会に出る前に、学校において子どもがみんなと教育を受けられる間に、安心して仲間とつながって協働し、挑戦し、信頼しあうといったことが豊かに経験できれば、他者や社会への信頼や関係性を築く力を育むことができますし、そのかけがえのない経験によって、その後の人生を豊かにすることができます。

真の教育実践とは何か、ということについて本書は、先生が「教師のなかにある最高の資質を養い、教師としての自分を成長させ、自己認識力を高め、ストレスに対処し、生徒と素晴らしい関係を築き、今まで感じたことのないような、もしくは一度なくしてしまった『教育への情熱』を感じること」と位置づけ、そこに至る具体的な方法を詳述しています。

ぜひ、一人からでも、できれば仲間とともに、計画的にSELに取り組んでみてください。先生自身がまず教えることの喜びと意義を実感し、先生にしかできない「信頼しあえる仲間づくり」という重要な課題を探究しながら、「子どもたちの幸せな毎日」を教室で実現されることを願っています。

 

★なお、本書以外の3冊は、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/06/sel.htmlですでに紹介してあり、すべてSELの違った側面をフォーカスしているのでお勧めです。