2023年4月15日土曜日

SEL実践 (1)  感情の種類を知る

SELの実践にいたるまで

私は、10年ほど公立小学校で教員をしていました。退職する年に学年を組んだ同僚が、子どもたちが感情を表す機会をつくったり、担任としてそれを受けとめたりすることを大切にする指導を行っていたことが、SELへの関心のきっかけとなりました。『ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある』(大河内美似著、河出書房新社)という本を紹介してくれたのもその同僚で、親としても教員としても大きな影響を受けました。「子どもが感情を言語化する過程を支えることがとても重要だ」、しかし「それにしては公教育のカリキュラムに位置付けられている度合いが低くないだろうか」と考えるようになりました。

2020年度からは、私立・公立・フリースクールで数日ずつ講師をする生活となりました。不登校経験がある子どもたちに出会うことが多い現場では、子ども自身が自分の心の状態を知り、心と向き合う手立てを学ぶことの大切さを益々感じるようになりました。

30年来の友人である大内朋子さんから、アメリカで子育てする中で実感しているSELの効果について聞いたり、彼女が翻訳に携わった本『感情と社会性を育む学び(SEL):子どもの、今と将来が変わる』(マリリー・スプレンガ―著、新評論)で海外の指導例を知ったりすることで、更にSELに関心をもつようになりました。本で紹介されている実践のなかで、子どもと子ども、教師と子どもの関係性をつくることや社会性の涵養については、日本では学級経営や道徳、特別活動、生活指導などの領域で担う努力がされてきた側面も多いと感じました。

一方で、圧倒的に足りていないなと思う点が二つありました。一つは、子ども自身が自分の心の状態を俯瞰し、感じていることを表現したりセルフケアを学んだりする機会です。もう一つは、子どもが自然と取り組みたくなるような学習活動の設定です。これらの必要性を痛感しても、公立学校の場合にはどの時間に取り入れるか迷うところではないかと感じます。

2021年度からフリースクール「GIFTSchool」(東京都港区)に勤め始めました。学習指導要領を参考にしながらも、新しい教育の在り方を摸索し、創造することを目指す場です。様々な積極的な試みを行っていますが、心の教育の中核として、週に一回、45分間「対話」と名付けた時間を設定しています。この時間には、コミュニティで大切にすることや哲学対話なども行っていますが、SELの取り入れ方も検討しています。

SELの実践

ここで、2回にわたり、私が2022年度の前期に3・4・5年生の対話の時間に試みた、大きく分けて5つの実践(試行錯誤)を紹介します。なお、各実践は、4、5人のグループで行いました。

2023年4月1日土曜日

年度当初におすすめのSELの活動

 新たな気持ちで新年度を迎えていることと思います。

 前回の本ブログの書き込みで、「SELとは何ぞや」についてイメージはある程度つかめたと思うので、数日後には新年度の授業も始まるということで、具体的にどのようなことがSELを意識した活動としてできるのかを紹介します。それは、『感情と社会性を育む学び(SEL)』(マリリー・スプレンガ―著)の100ページで紹介されている事例です。

 コロラド州デンバーにある公立小学校の3年生担任のカイル・シュワルツ先生は、「I Wish My Teacher Knew(先生にぜひ知ってほしいことは)」というテーマで、短い文章を書かせたのです。生徒たちは、次のような内容を書きました。

「家族で避難所に生活していることを知っていてほしい」

「今年、私のお父さんが死んだことを知っていてほしい」

「孤独で、同級生との間に疎外感を覚えていることを知っていてほしい」

「今週、私のお母さんが癌の診断を受けるかもしれないことを知っていてほしい」

「音楽を聴きながらのほうが勉強しやすいことを知っていてほしい」

「家族を大好きだということを知っていてほしい」

このことから、生徒の置かれている環境や感じていることがいかに学びに影響しているのかと、それをきちんと聴くことの大切さが分かります。

 なお、『感情と社会性を育む学び』のこの事例の前後には、年度当初にすぐにでもやれそうな事例がたくさん紹介されています。


 これを実践した多くの先生たちは、教師が生徒に尋ねさえすれば、生徒のほとんどは(想像もしていなかったようなことまで含めて)書いてくれる、ということを認識しました。そして、シュワルツ先生の実践には、いろいろなバリエーションが開発され、注意事項も提示されているので紹介します。

 たとえば、https://www.youtube.com/watch?v=cD0QTMbsPcM(←動画です!)ポイントは、「あなたについて、先生に知ってほしい5つのこと」を紹介してください、と依頼しており、その具体的な可能性や方法も提示しています。あなたの趣味、好きなもの(たとえば、食べ物、テレビ番組、音楽、本、休みに行くところ)、家族のこと、信じていること、楽しくなったり、悲しくなったりすること、世界で起きていることで気がかりなこと、そして(得意な教科や好きな学び方やオタク的なこだわりなどを含めた)あなたはどんな生徒かの説明などから5つをリストアップして紹介してください、というものです。

 

 気を付けないといけない点については、https://unconditionallearning.org/2021/08/03/what-i-wish-teachers-knew-about-what-i-wish-my-teacher-knew/が参考になります。当然のことながら、何についてどのくらい書くかは、教師との関係を各生徒がどのように捉えているかに左右されます。(その意味では、この活動を年度の当初にするのか、1か月後、3か月後、半年後等でするのかの選択肢もあります。)タイミングに応じて(自分の信頼度を考慮して)、何について書いてもらうのかを若干選んでもいいのかもしれません。

生徒に何をどのくらい書くことを期待するかを事前に考えることと同じぐらいに、生徒が書いた内容をどのように活かすのかも考えておく必要があります。というのは、生徒が(何かを教師に期待して!?)書いたにもかかわらず、教師が一切それに触れなかったり、活用しなかったりすれば、両者の関係は悪化しかねないからです。当然のことながら、信頼関係はイベントではなく、プロセスを通じて構築されるものであることをしっかり認識しておく必要があります。

このサイトの書き手のAlex(アレックス)先生に対して、読者の一人が次のような提案をしたそうです。それは、生徒に書いてもらう文章を、「I wish my teacher would.」や I wish my teacher wouldn’t」(先生が知っていたら(いなかったら)よかったことは)という仮定法にすることで、その時点で両者がもっている信頼関係を棚上げして、書きやすくなるだろう、というものです。試してみる価値はあると思いますか?(対象年齢にもよるでしょうか?)

 

 https://www.panoramaed.com/blog/get-to-know-you-questions-for-studentsでは、教師と生徒、生徒同士の関係づくりや、生徒が「居場所がある」と思える学級づくりの大切さ★★に言及したあとで、生徒を知るための厳選された101の質問が紹介されています。そのなかから、いくつかを紹介します。

 ・学校の外で何かするのが好きなことはありますか?

 ・教室以外で、一番好きな学ぶことは何ですか?

 ・あなたについて、三つのすばらしいことは何ですか?

 ・他の人があなたについて知らないことで、ぜひ知ってほしいことは何ですか?

 ・あなたにとって最も大きな夢ないし目標は何ですか?

 ・SEL関連で、あなたがもっている大きな力は何ですか?

 ・あなたをよりよく知るために、教師に一番してほしいことは何ですか?

 ・あなたが落ち込んでいるとき、教師はどのように助けられますか?

 ・あなたの教師について、一つ知りたいことを上げるとすると、それは何ですか?

 ・家族や友だちは、あなたの特徴をどのように表しますか?

 ・あなたが学校で最も好きな(嫌いな)ことは何ですか?

 こんな調子で、あなたの生徒にあった質問を考えてみてください。(グーグル等の翻訳ソフトも改善され続けているので、今では約8割程度の正確さで訳されるようになっていますから必要に応じて活用してください。)

 

★彼女の実践は、日本で2016年に紹介しているのがWhat kids wish their teachers knew | Kyle Schwartz | TEDxKyoto | TEDxKyotoの動画で見られます。また、I Wish My Teacher Knew: How One Question Can Change Everything for Our Kids, Kyle Schwartzのタイトルと著者名で出版されています。なんと、Amazon.comですでに1107評が投じられているベストセラーです。教育関連書で、Amazon.comの評価が高い/ブックレビューが多い本で、千を超える評があるものはそう多くありません。The goal was simple—try to increase the number of students thinking and try to increase the number of minutes during which students were thinking.

以下は、オマケ情報です!私が知っている評価が千を超える他の教育書には、次のようなものがあります。日本の教育書で、千を超えるのがあったら、ぜひpro.workshop@gmail.com宛にお知らせください。)

The first days of school2590評)『世界最高の学級経営 : 成果を上げる教師になるために』ハリー・ウォンほか著 ; 稲垣みどり訳  東洋館出版社 2017年。

Hacking School Discipline1836評)『生徒指導をハックする : 育ちあうコミュニティーをつくる「関係修復のアプローチ」』ネイサン・メイナードほか著 ; 高見佐知ほか訳  新評論 2020年。

The Innovators Mindset1037評)『教育のプロがすすめるイノベーション : 学校の学びが変わる』ジョージ・クーロス著; 白鳥信義ほか訳  新評論 2019年。

読み書きの分野では、千件以上の本がたくさんあります(教育の分野で、最も充実しています!)

The Daily 5: Fostering Literacy in the Elementary Grades, by Gail Boushey, Joan Moser(通称、The Sisters=双子の姉妹)残念ながら未邦訳(1145評)

The Reading Strategies Book: Your Everything Guide to Developing Skilled Readers (3256) The Writing Strategies Book: Your Everything Guide to Developing Skilled Writers  by Jennifer Serravallo  (2427)The Writing Revolution: A Guide to Advancing Thinking Through Writing in All Subjects and Grades Judith C. Hochman (1911)などがあります。そして、80年代、90年代にアマゾンが存在していたら確実に千件間違いないIn the Middle: A Lifetime of Learning About Writing, Reading, and Adolescents by Nancie Atwell(『イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室』ナンシー・アトウェル著、小坂敦子ほか訳、三省堂、2018年もあります。版権で自分の学校をつくってしまったぐらいですし、日本流に言えば、アメリカの「大村はま」というか、初代の「グローバル・ティーチャー賞」の受賞者でもありましたから。

 もちろん、Amazon.comの評価の高さ/ブックレビューの多さに惑わされてはまずいのですが、選書の際の一つの指標であることは確かです。ここで紹介したものは、いずれもSELに直接・間接的に関係するものばかりです。(特に、最後の読み・書き及び各教科指導との関連の本については、http://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.htmlをご覧ください。

 掲載直前に、算数数学の本も見つけました! Building Thinking Classrooms in Mathematics, Grades K-12: 14 Teaching Practices for Enhancing Learning by Peter Liljedahl (1211) 

★★教師と生徒、生徒同士の関係づくりについては、『「考える力」はこうしてつける』の第2章(自立した学習者を育てるが、その章のタイトル)で、教室のなかのものの配置を含めた「ポジティブな学習環境をつくり出す」や、「年度当初にすべきこと」として「お互いを知り合う活動」「セルフ・エスティームの活動」「チームづくりの活動」が多数紹介されています。生徒が「居場所がある」と思える学級づくりには、そのタイトルの通り『「居場所」のある学級・学校づくり』が参考になります。