SELの実践にいたるまで
私は、10年ほど公立小学校で教員をしていました。退職する年に学年を組んだ同僚が、子どもたちが感情を表す機会をつくったり、担任としてそれを受けとめたりすることを大切にする指導を行っていたことが、SELへの関心のきっかけとなりました。『ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある』(大河内美似著、河出書房新社)という本を紹介してくれたのもその同僚で、親としても教員としても大きな影響を受けました。「子どもが感情を言語化する過程を支えることがとても重要だ」、しかし「それにしては公教育のカリキュラムに位置付けられている度合いが低くないだろうか」と考えるようになりました。
2020年度からは、私立・公立・フリースクールで数日ずつ講師をする生活となりました。不登校経験がある子どもたちに出会うことが多い現場では、子ども自身が自分の心の状態を知り、心と向き合う手立てを学ぶことの大切さを益々感じるようになりました。
30年来の友人である大内朋子さんから、アメリカで子育てする中で実感しているSELの効果について聞いたり、彼女が翻訳に携わった本『感情と社会性を育む学び(SEL):子どもの、今と将来が変わる』(マリリー・スプレンガ―著、新評論)で海外の指導例を知ったりすることで、更にSELに関心をもつようになりました。本で紹介されている実践のなかで、子どもと子ども、教師と子どもの関係性をつくることや社会性の涵養については、日本では学級経営や道徳、特別活動、生活指導などの領域で担う努力がされてきた側面も多いと感じました。
一方で、圧倒的に足りていないなと思う点が二つありました。一つは、子ども自身が自分の心の状態を俯瞰し、感じていることを表現したりセルフケアを学んだりする機会です。もう一つは、子どもが自然と取り組みたくなるような学習活動の設定です。これらの必要性を痛感しても、公立学校の場合にはどの時間に取り入れるか迷うところではないかと感じます。
2021年度からフリースクール「GIFTSchool」(東京都港区)に勤め始めました。学習指導要領を参考にしながらも、新しい教育の在り方を摸索し、創造することを目指す場です。様々な積極的な試みを行っていますが、心の教育の中核として、週に一回、45分間「対話」と名付けた時間を設定しています。この時間には、コミュニティで大切にすることや哲学対話なども行っていますが、SELの取り入れ方も検討しています。
SELの実践
ここで、2回にわたり、私が2022年度の前期に3・4・5年生の対話の時間に試みた、大きく分けて5つの実践(試行錯誤)を紹介します。なお、各実践は、4、5人のグループで行いました。
(1) 感情の種類を知る。その感情について思い起こした場面を話し合う。感情を表す言葉を分類する。(全2時間)
①第1時
まず、子どもたちに、なぜこの学びが必要なのかを以下のように伝えました。
- 自分の心の状態を知ること、それを言葉で整理することの大切さ
- 感情のコントロールやケアなど、自分を心地よい状態にする手立てを学ぶことの大切さ
- 自分自身と向き合うことや他者を理解するための練習をしていく場でもあること
次に、名刺サイズの紙に、知っている感情を表す言葉を書き出すよう言いました。一人5つ程度を出したところで、さらに語彙を増やすため、「気持ち100ます」を参考にしたワークシート※1で、自分たちでは思いつかない言葉を見つけ出すようにしました。ゲームの要素が楽しくなって少し気持ちが逸れる様子もありましたが、わいわいと見つけた言葉をまた書くようにし、たくさんのカードが机の上に広がりました。
それらを見渡しながら、子どもたちに「自分が経験した感情はあるか、どんな状況だったか」と問いました。少し心静かに考える時間をとって、一人につき2つのカードを選んで話してほしいと伝え、順番に話をする時間としました。子どもたちは、それぞれ思い起こしたエピソードを話すことができました。
最後に、この時間の学習の感想を尋ねると、「話したり聞いたりするのがおもしろかった」「友達と同じカードを選んでいたけど、違う状況だった」という感想がありました。また、「その時の嫌な気分を思い出した」という子もいました。この子には、どのような言葉をかけるとよかったのでしょう…正解は分かりませんが、「一生懸命に思い出して伝えようとしたことはすてき。でも、話そうとしてあまり自分が辛くなることは、無理しなくてもいいよ」と声をかけました。
また、個人的に購入した『感情ことば選び辞典』(学研辞典編集部)を紹介し、「(私も全部は知らないくらい)感情を表す言葉がこんなにあるんだね~」という話しをしました。(中学生が多い別の勤務先では、この辞典をランダムに開き、そこから経験したことのある感情やエピソードを見つけて話す活動もやってみました。)
➁第2時
「心の温度計」※3を参考にし、模造紙に、横軸が「不快、不安、いやだ」と「心地よい、安心」で、縦軸がその温度を表す2軸を書いておき、子どもたちが書いた感情を表す言葉のカードを分類する活動を行いました。分類しようとしたり友達と話し合ったりすることでその感情がもつ性質や側面に気づくこと、そして、一つの表を作って掲示しておくことで、活動以後も感情のメタ認知に役立てられるのではと考えていました。
子どもたちは、一枚一枚についてよく考えたり、新たに思いついた言葉などを書き足したりして取り組むことができました。一方、この心の温度計づくりは、個人で取り組んだ方がよかったな…という反省が残りました。
横軸「心地よい・安心←→不快・不安・いやだ」は分かりやすかったようですが、縦軸「熱い↑↓冷たい・重い」の捉え方が難しかったようで、迷っている様子が見られました。もっと他の言葉だったらよかったのだろうか…と考えたり、学習中は「冷たい」や「重い」の定義づくりに焦ったりしてしまいましたが、後から、そもそも主観でよいから自分なりに分類することが大切だったはず…と気づきました。一人一人がワークシートなどに分類し、それを見せ合いながら話し合う活動にするとよかったかな…と振り返りました。
次回は、以上の活動を踏まえて、感情を表現することに重点を置いた実践について記します。
※1,※2, ※3 大阪府人権教育研究協議会(大人教)ホームページ が公開する学習ツールや事例を参考にしています。こちらでは、人権教育の文脈から「感情とエンパワメント」の大切さが語られています。大阪府/人権学習シリーズ ちがいのとびら 感情とエンパワメント 参照。
執筆:浅野聡子
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