問題行動には、大きくは二つのタイプがあります。前回は、授業妨害や教師の指示に従わない等の問題行動への対処法を紹介しましたが、今回は二つ目の加害者と被害者がいる場合の対処法について紹介します。
日本(の中学校)での対処法は、次のようなものです。★
・被害者の訴えを聞く。経緯と、被害状況、その時の心情、加害者に対してどうしてほしいかなど。
・被害者の保護者に聞いた内容を伝える。その際、加害者に事情を聞いて良いか許可をとる。(仕返しやいじめを恐れる場合もあるため、確認が必要。)
・加害者に事情を聞く。経緯と、加害の状況、その時の心情、トリガーとなったものなど。
・この時、被害者に対して申し訳ない気持ちがあれば、謝罪の意向などを確認する。
・被害者、加害者の話が合っていれば、事実としてほぼ確定となる。合っていない部分がある場合は、周辺にいた生徒から裏をとる場合もある。
・確定した事実を、加害者の保護者に伝える。その際、加害者の心情や謝罪の意向なども含めて、認めてもらう。
・関係修復の会を開く。被害者と加害者、双方の言い分、見え方、感じ方などをそれぞれに言ってもらい、相手の目線でどうだったかをお互いに知る。
・謝罪の意向があれば、加害者から被害者へ謝罪。
・今後の二人の関係性について、被害者側から要望を伝える。加害者側がそれを受け入れられるか確認。
・被害者、加害者の保護者に関係修復の会の経緯を伝え、終了となる。
※生徒どうしのみならず、対教師、対物でも似たような手順で行う。
以上が仙台でのアプローチの流れです。『生徒指導をハックする』で紹介されている「関係修復のアプローチ」★★との関係については、次のように補足してくれました。
『生徒指導をハックする』との違いは、「責任の取り方」の部分だと思っています。
『生徒指導をハックする』では、やってしまった出来事に関連する償いや責任を取ること、周りで迷惑を受けた生徒に対して、公の場で行動を変えることを誓うなどといったことが含まれています。
しかし、日本の(仙台の)やり方の場合は、それがありません。
あくまで、本人と、保護者との話だけです。
迷惑をかけた人たちに対する償いの行動は強制されません。
ただ、自分の反省を生かして生活することを期待されるだけです。
ここのところが違うと思います。
日本人の「責任」に対する感覚が甘いところがここにも出ているように思います。
「関係修復の会」という言葉を聞いたのは、5年くらい前からでしょうか。
それまでは「謝罪の会」と言っていたりしたのですが、それでは被害者、加害者がはっきりしてしまい、被害者側は「謝らせたら勝ち」と勘違いしたり、加害者側は「謝ればそれで終わり」として済まそうとすることがあるので、その反省からそういう言い方になっていたように思います。
関係修復アプローチを学んだ人がそういう言い方をするようになったのかもしれませんが、そのあたりはよくわかりません。
ちなみに、「関係修復の会」以外には「お互いの気持ちを伝え合う場」という言い方をすることもあります。
また、聞き取りの時に、関係者一人ずつ行うことも相違点です。
日本の学校では、一人ずつ聞き取りを行うことがセオリーです。
複数の聞き取りを同時に行うと、その場で立場の強い方の生徒に合わせて弱い生徒が迎合したことを言ってしまいがちだからです。
事実の捏造がされやすい、ということがあります。
また、その人の心情を聞きやすいということもあります。
★
仙台の飯村先生と新潟の佐藤先生に情報提供をしていただきました。
上で紹介したのは仙台アプローチですが、以下が新潟アプローチです。
①担任教師が、問題を起こした生徒の話を聞く。
・この時点で、関わった生徒を把握します。
・この時点で、学年で情報を共有し、チームで動きます。いい学校はここで生徒指導主事や教頭が情報共有をします。
・事実の隠蔽、口裏合わせを防ぐために、どのような順番で誰が事情を聞くか、どの程度まで迫るかを決めます。
・問題を起こした生徒というよりは、被害者からの訴えや、周りの生徒の訴えがスタートになることが多いです。もちろん、加害・被害両者から話を聞きます。
②必要に応じて、関わったその他の生徒の話を聞く。
・事実が一致するまで確認を繰り返します。警察みたいです。やりたくありませんが、学校が何もしてくれないとか、逆に学校が動いたせいで事実が不明になったとか言われないためにも、人権に配慮しつつ、聞けるところまで聞きます。
・生徒指導主事や教頭と情報を共有し、判断を仰ぎます。指導の見通し、方向性が決まります。
③以上から、教師が判断をして、解決策を伝える/やらせる。
また同じような問題が起きないように祈る。
・ここで事実を認める生徒、しらばっくれる生徒がわかれます(ですが、できるだけ間接的証拠や証言で認めさせます)。
・事実を保護者に連絡します。けがをさせた、物を壊した等は、保護者に動いていただきます(強制はできません)。
・事実の説明のために保護者にご来校いただくこともあります。今後どうすべきか相談します。
・同時に、重大な事態については管理職から市教委に報告します。
・学校ができることは、当事者が関係を修復するための謝罪や、説明です。裁判官、代執行はしません。
・生徒同士が謝罪する場合は、その場を設定します。
・加害者が非を認めなくても、謝罪をしなくても、学校は前向きなコミュニケーションにしか関わることはできません。
・争いは当事者で処理していただきます。学校は仲裁をしません。また、私的なICT機器を介したトラブルには一切介入しません。
・その後の生徒の様子、関係生徒の様子を保護者に連絡します。いじめの場合は一定の解消まで最低3カ月観察します。3カ月トラブルがなければ「一定の解消」と判断します。
・もちろん記録を残します。
そして、先生たちは次のようにも言っています。
生徒指導は年々難しくなっていると思います。
当事者である生徒は事実から逃げようとします。嘘も平気です。
親を悲しませたり、怒らせたりすることが、とても恐ろしいことのようです。
そして保護者は子どもを庇います。論点をずらしてでも、我が子を庇います。
そうなると悪者は相手と学校です。
子どもは親を盾にして逃げていきます。
学校が子どもに踏み込んだ指導をすれば、あっという間に責任転嫁されます。
うちの子を傷つけた、加害者扱いしたと。
悪気がなかったから悪くない。相手が騒ぎすぎ。こういうことを平気で言います。
私たちは子どもに、どうしたらいいと思う?何がいけなかった?どうしたい?と問いかけ、それを支えるように接しますし、電話ではなく保護者と会って説明もします。
でも、納得いただけなくて電話口で罵倒されることもあります。
管理職がしっかり対応できればいいのですが、保護者に日和る管理職が多くて、部活一つ潰すことができません。コミュニティスクールは地域の御機嫌取り、わがままを聞く場にしてしまっています。
結果的に、大切なのは人間関係(特に、損なってしまった関係の修復)のはずなのに、それを学ばぬまま卒業してしまっては、 (日本の国家予算と同じで)問題の先送りをしているだけのようです。誰にとってもよくないのに。
『生徒指導をハックする』で紹介されている大事なところに、気づけていない/学べていない/活用できていないという問題です。
それは具体的には、https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784794811691の目次で見られる、本の第2章の「損なってしまったことを修復する―自分のとった行動の責任を直接とることを生徒に教える」ことはもちろんですが、その他の各章で扱われている日常的に取り組める事柄が7つ紹介されています。「関係修復のアプローチ」が真の意味で機能するのは、これら日常的な取り組みこそが当たり前の状態になっている状態であることが、よく分かります。と同時に、5つのSELの柱を別な言葉で使って表現しているだけで、問題行動の対処にSELが欠かせないことも!
問題が起こったときに、それを解決する対処法をもっていることは当然大切なのですが、問題を起こさないような仕組みを考えて、関係者が育ちあうコミュニティーをつくるための姿勢やスキルとして身につけられるように日常的に取り組むことこそが教師にはもちろん、生徒にも求められています。
いまの日本で行われている生徒指導のアプローチのように、教師だけが重荷を背負う割には、他の関係者が学べない/姿勢やスキルを身につけられないアプローチを続けざるを得ない、というのはもったいないです。(その時間と重荷を教師が費やし続けるなら、他の関係者が問題を乗り越えるための姿勢やスキル身につけられる方法がすでに存在している場合は、特に!)
★★ 関係修復のアプローチは、罰を受けることになるであろう問題行動を学びの機会に転換するものです。生徒にとってもめごとは、自らの行動の影響やその行動に対して責任をもつという義務を理解し、誤りを正すための方法を考え出す機会なのです。生徒自身が問題に向き合えるようにしましょう。損なってしまったことを修復するために、生徒自身が自分なりに考えて、解決策を見いだせるようにするのです。
関係修復のアプローチを用いれば、問題行動に絆創膏を貼って終わりにするといった方法では想像もできないほど、生徒の行動を永続的に変えるための素地を築くことができるのです。(『生徒指導をハックする』の86ページ。そして以下は、同66~67ページからの引用です。)
生徒は、自分の言いたいことや修復のために行うことを考え出さなければなりません。自らの問題行動が引き起こした結果としての措置に、自分から積極的に参加しなければならないのです。そのためにも、生徒には次のような二つの選択肢を与えるとよいでしょう。
① 私(教師)と一緒に解決方法を考えます。
② あなたが今後どうすべきかを私(教師)が考えるので、あなたの意見や考えが聞かれることはありません。
たいていの場合は①を選択し、時間とエネルギーをそれにしっかり費やしたいと考えます。
関係修復のアプローチは効果的です。何しろ、あらゆる問題を学びの機会に変えてしまうことになりますから。問題行動を単に分類して自動的に措置をとることをやめて、生徒の問題行動そのものを理解しようとするのです。そうすれば、措置をどうするかの決定にかかわるあらゆる要素に向き合うことが確実にできます。
このアプローチは、「損なってしまったことを修復する」という必要性に焦点を当てています。それは、学校内に「コミュニティー」という連帯の意識をつくり出し、すべての「声」を聴くことによって、損なわれてしまった関係性を回復させることになります。
これがうまくいくアプローチであるもう一つの要因は、生徒の「共感力」を育むことができるという点です。問題行動を起こした生徒は、被害者や関係者たちが自分の行動からどのような影響を実際に受けたのかについて、直接耳を傾けることになります。自分が傷つけてしまった人の向かい側に座り、自らの行動に対する責任を感じながら、損なってしまったことをどのように修復したらよいかについて相手に尋ねるという行為は、生徒にとってはとても心が動かされるものです。
多くの場合、最終的には「謝る」という行為で終わったりするわけですが、関係修復のアプローチでは、そこに至るまでに、問題解決を目指してすべての生徒を尊重する対話の場がもたれるのです。もし、問題行動を起こした生徒が「声」を聴いてもらえていないと感じたら、措置を受け入れることに納得するとは思えません。しかし、関係修復のアプローチによって、これらの措置を決める過程に生徒自身がかかわることができれば、損なわれたことをどのように修復するかについても一緒に考えることができます。そして、その経験を通してみんなで成長できるのです。