家族や周りの人のために感謝されるために行っているわけでないことでも、感謝されたり、人の役に立っているのだと実感できたりすると、喜びを感じ、継続する意欲がわくことはよくある経験ではないでしょうか。また、逆も同じで、日々の生活の中で、自分の行いが認められないことが続くと、やる気がなくなる経験はありませんか。感謝の念を抱くこと、感謝を示すことは、人間関係を円滑にするばかりでなく、さまざまな波及効果があります。今回は、感謝の気持ちを味わい、伝えることの効果と、感謝と思いやりを促す活動についてご紹介します。
感謝の気持ちを示すと一口に言っても、一時の感情として、さっと「ありがとう」と言うことと、日々のさまざまなことに目を向け、自分のなかの感謝の気持ちを味わい、表現することはその効果が異なってきます。前者はマナーや円滑なコミュニケーションに必要なものですが、感謝できることに注目し、感謝の念を感じ、表現することには、感謝の気持ちを示す人と受けとる人の双方に大きな効果があり、近年では、感謝することの効果についての研究も行われています。感謝できる人は、一般的によい人だと認識され、好まれる傾向にあるため、人間関係を豊かにします。そして、自分もだれかの助けになるようにふるまおう、という思いやりの心につながります。感謝することは、ほかのさまざまな特性にもつながるものとされており、素直さや正直さ、寛容さや粘り強さ、将来を見据えての行動へとつながる効果もあるといわれています。また、感謝を受けとる人にとっては、自分の行動に価値を見出し、その行動を続けようという意欲や、さらには、自己認識や自信の向上にも貢献します。
意識的に感謝の気持ちを示すエクササイズを行うことは、ストレス軽減、感情のコントロールや、幸せな気持ちになり、心身の健康の向上、よりより人間関係の構築に効果的であるとされています。学びの面からも、感謝をする側と受け取る側の双方が肯定的な感情となるため、より効率的な学びが促進されるといえます。
感謝をするのに練習が必要だということに違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、感謝することも、日々の生活の中で接する機会がなければ、必ずしも自然に育っていくものではありません。また、人は否定的なコメントややり取りなどのネガティブなことを記憶しやすくなっています。心理学では、よい行いには、悪い行いの6倍も目を向ける必要があると言われています。些細な悪い行動を逐一指摘する必要はなく、意識してポジティブな面に注目することが必要です。一日に数分、よい感情、みちたりた感情に目を向け、感謝をする時間をとることーその日にあったよいことを思い起こすことで、新しいニューロンの結びつきができます。繰り返すことで、このようなニューロンの結びつきが強まると、肯定的な感情を経験したことが思い出しやすくなり、脳がポジティブな経験に注目しやすくなっていきます。
子どもたちがよいことに注目し、感謝することを教えるには、まずは、大人がモデルとなって、現在すでにあることに感謝することから始めることができます。たとえば、指示に従えない子どもを注意するのではなく、静かに注目してくれてうれしい、学ぶ準備ができていてありがたい、真剣に取り組んでいてうれしいなど、よい行動を認めて指摘することや、期待していることを言語化して肯定的なメッセージを子どもたちに送ることが大切です。大人が、子どもたちのできていることに目を向けて、当たり前に感じないこと、責任と思いやりのある行動に目を向けて指摘し、可視化することで、ほかの子どもたちが気づき、よい行動が広がっていきやすくなります。ただし、肯定的な行いを取りあげる際に、その行動ができていないほかの子どもたちへの批判的なメッセージをこめないように気を付けることが必要です。また、伝えられ方については、子どもたちそれぞれの好みがあり、静かに肯定してほしい、みんなの前で指摘してほしい、手紙にしてほしい、面と向かって口にしてほしい、などそれぞれの求める伝え方に対応できればよいと思います。
下記に、感謝の気持ちに目を向け、思いやりのある行動を促す活動を紹介しますので、参考にしてみてください。
1.感謝の気持ちを味わい、示すための4つのステップと感謝の壁
自分のなかの感謝の気持ちに目を向け味わい、感謝の気持ちを示すためには、下記のステップが有効です。
感謝できることを探すー日々の生活のなかでよいことに気づく。たとえば、健康や偶然の出来事、自然に触れたことやお気にいりの場所など、日常で当たり前になっているが自分の好きなことや価値のおいていることに目を向ける
なぜそれが自分に与えられているのか深く考える
それについて自分がどのように感じるのかふり返る。絵や紙に表現したり、メモをとったり写真に収めたりしてふり返るのも有効でしょう
どのように感謝の気持ちを示すことができるか考える。感謝の気持ちを示すときには下記の要素に触れるとよい
達成された目的(例「授業を欠席したときにノートのコピーをもってきてくれてありがとう」)
感謝を向ける相手の負担(例「自分の時間を削ってまでプロジェクトを手伝ってくれて感謝しています」
自分への価値(例「数学を丁寧に教えてくれてありがとう。おかげでやっと理解できました」)などを入れるとよい
さらに、子どもたちが示した感謝を掲示する場所をつくるのも有効です。感謝をしている相手や感謝をしていることとその理由を示すメモや写真、イラストなどを貼って、コラージュをつくってもよいでしょう。この活動は、自分のなかの感謝の気持ちに目を向け、肯定的な気持ちを味わうことができるという以外にも、ほかの子どもたちが感謝することに触れることで、自分のなかで当たり前で感謝をすることがなかったことにも感謝の念が芽生えやすくなります。さらには、人のためになる行動を知り、実践してみようと思う子どもも出てくるでしょう。(似通った活動として『感情と社会性を育む学び—SEL』にも「親切の壁」がとりあげらています(p55)。)
2.思いやりのある行いを練習する
思いやりは学ぶことができるのか、思いやりのある行動はさらに思いやりのある行動を生むのかという研究では、肯定的な結果が出ています。友人、知らない人、仲たがいしている人への思いやりを実践すると、他者への共感や理解に関わる脳の部位が活性化します。文字や算数を習うのと同じように、普段から思いやりのある行いをする機会があると、継続的に行えるようになります。
これを踏まえて、ノースカロライナ州の中学校の国語教師が、意識的に思いやりのある行動を練習する活動を考えました。生徒がくじびきで引いた相手に対して、2週間以内に親切な行いをし、報告するという課題です。親切な行いは、相手が気づくもので、金銭的には何も生じない、そして、実際に行動するまで相手には何も伝えないことを条件とします。そして、どんなことをしたか、なぜその行動をとったのかについて報告します。例:「〇〇にストレスボールを渡しました。課題に取り組んでいるときに、いらいらしていて、ストレスの軽減になるかと思ったからです。」
教師は、この活動を始めてから、生徒同士が褒め合うのが聞こえたり、これまで一緒に行動していなかった子どもたちが助け合っていることを目にしたり、一緒に勉強したり、昼食を取ったり、片付けを手伝ったり、とさまざまな思いやりのある行動が増えたとふり返っています。また、生徒からは、少し不自然に感じたけど、やってみて満足した、誇りに思う、人に親切にすることで自分もうれしい、新しい友達ができた、ほかの人がどんなことを切り抜けているかはわからないから気にかける必要がある、などの声があり、対人関係や自己認識の向上などに効果がみられています。
参照
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