2025年1月19日日曜日

感情のラベリングと受けとめ

 子どもが小さいころ、怒りっぽいことに対してどのように接していいかわからず、そんなことで怒らないで!と何度となく言ってしまった経験があります。感情を抑えられない子どもは、ときに、怒っていることで怒られ、親としても怒ってしまったことを悔やみ、悪循環に陥りました。怒らないでと言われた子どもは、「怒り」の感情を悪いもの、感じてはいけないものだと思い、「怒り」を感じる自分も悪いと思うようになり、感情表現を避け、自己批判をするようになりました。


  感情には、これまでにさまざまな分類わけがされています。喜怒哀楽といった大まかなものから、2000を超える感情までいろいろなラベリング(名づけ)がされています。日本語でも、感情表現新辞典にはさまざまな感情が掲載されています。


 今回は、イエール大学のCenter for Emotional Intelligenceの分類、Mood Meter (下記表)を参照します。ここでは、感情は、ポジティブな度合いとエネルギーの度合いで分類されています。感情をラベリングすることには、次のような効果があります。


1.自分の経験を客観的にとらえ、どのように行動するべきかの指標となる

2.感情をラベリングし表現することで、ほかの人に理解されやすくなる

3.ほかの人の感情を理解することで、その人をサポートできるようになる

4.感情を共有することで、社会的つながりが深まる




 感情を表現する語彙を持っていることは、自分の感情にも人の感情にも向き合ううえで必要なことですが、それに加えて、私が学んだことは、

  1. 感情の善し悪しをジャッジしないこと、
  2. 好奇心をもって、感情のもとになることや感情に起因している行動に目をむけること、
  3. このましくない行動がみられたら、変えるべきは行動であり、感情ではないことを頭に入れること、です。


1)感情の善し悪しをジャッジしない

 感情には、表のようにポジティブなものやネガティブなもの、そのエネルギーの程度に違いはあっても、正しい感情や間違った感情はありません。また、ネガティブな感情とポジティブな感情など、同時に複数の感情をもっていることもあります。自分の感情も人の感情も、そのままに受け止めることが必要で、他人が評価するものではありません。「そんなことで怒らない」と責めてしまっていた私ですが、「そんなこと」であるかどうか感じているのはその感情を感じている人自身です。

 また、人はポジティブな感情をいいものとしがちですが、ネガティブな感情ー怒りや不安、悲しみ、は現状を改善したり、乗り越えたりするうえで必要なものです。不安があるから、新しいことにも計画的に注意を払って取り組める、苛立ちや怒りがあるから、職場の環境の改善へと取り組めることもありますし、危険への忌避行動にもつながります。

 さらに、ポジティブな感情でも、楽観的すぎたら準備不足になることもありますし、喜びのあまり興奮しすぎたら、周囲の迷惑となることもあります。

 同じ現象や状態に関しても一人ひとりの感じ方は違うことを頭にいれ、自分も人もありのままの感情を受けとめることが、自己肯定につながります。逆に、自分が感じていることを否定されることは、自己の根幹の部分の揺らぎにつながり、自己肯定感の低下につながってしまいます。


2)好奇心をもって、感情のもとになった出来事や行動に目をむける

 子どもの置かれている環境やそれまでの経験、性格が一人ひとり異なるように、毎日教室にはさまざまな感情をもった子どもがいます。学校に入学してきた小学一年生のなかには、新しい環境にわくわくしている子ども、緊張している子ども、いらいらしている子ども、前日眠れず疲れている子ども、同じ場所にいても感じ方はさまざまです。そのことを念頭に入れ、子どもは一律的にこう感じている・感じるべきと思うのではなく、想像力を働かせて接することが大切です。もし、今あなたが感じているべき感情はこれだ、というメッセージを送ってしまったら、そう感じていない子どもは、自分の感情が正しくないものだと思ってしまいます。

 また、苛立っている子どもに対して、どうして苛立っているのか、考えることも大切ですが、落ち着いている子どもにも目を向け、どうして落ち着いているのかについて、考えたり、話してもらうことで、そう感じていない子どもの助けになることもあるでしょう。たとえば、すでに教室に遊んだことのある友だちがいるから落ち着いている子もいれば、まったく知らない人の中にいて緊張や焦りが苛立ちになっている子など、同じようにみえる環境にいても、さまざまな要因があることがわかり、共感できる機会が増えるでしょう。


3)強い感情に起因するこのましくない行動がみられた場合、変えるべきは行動であり、感情ではない

 似た感情をもっていても、感情がどのような行動になって表れるかは人によって異なります。喜びのあまり走り回ってしまう子どもや、怒りのあまり物や人にあたってしまう子どももいます。また、子どもが怒って物にあったっているように見えても、実は悲しいことや疎外感が原因で行動をしている場合もあります。「一人になってすごく悲しいんだね」と感情のラベリングをしたり、「みんなに声をかけに一緒に行こうか」と行動を促したりすることが必要なときもありますし、「〇〇が嫌ですごくイライラしているんだね。このクッションに怒りをぶつけてみよう」と表現させることがうまくいく場合があるでしょう。


 自分の感情がわかる、わかってもらえたと思えること、もしくは理解しようとしてくれる人がいることが、理性的な行動をとることに最も必要なことである場合もあります。自分の感情も人の感情も受けとめながら、適切な行動をとれるように向き合っていくことが必要です。


 大人でも自分の感情をありのままに受けとめ、表現することは難しいものです。子どもならなおさらです。感情に正しいもの、正しくないものはない、ということを頭に入れるだけで、自分にも周りにも寛大になれるのではないでしょうか。


2025年1月4日土曜日

生徒のやる気を引き出すのはテストや成績ではなく、目標

 今回は、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html の第4弾です。

 スター・サックシュタインは、『成績だけが評価じゃない―感情と社会性を育む(SEL)ための評価』のなかで次のように書いています(77ページ)。

よく教師は「生徒のやる気を引き出すのはテスト/成績だ」と主張しますが、私は、生徒のやる気は目標を達成することによって引き出されると考えています。(中略)実行可能な目標を設定すれば、自分の成長度合いが測れますし、自分自身の学習にオウナーシップ(自分事であるという意識・感覚)がもてます。そして、教師は、生徒のそうした選択に対して支援ができるようになるのです。

 サックシュタインは同僚のアイザック・ウェルズの考察として、「歩けるようになること」や「靴ひもを結べるようになること」などの例から、目標を設定するために不可欠な二つの特徴として紹介してくれています(80ページ)。

   具体的であること。

   達成するまでの段階が観察できること。

この点について、ウェルズは次のように補足しています(80~81ページ)。

生徒は、現在の自分の能力を「できたとき」のモデルと比べながら、自分自身でフィードバックを行います。一方、教師は、次のステップを明確にするために例を比較したり、モデルで示したり、単純に話をして、生徒が次に何をするべきかが分かるようなフィードバックを行います。

 生徒には、達成感が味わえるところに目標を設定すればメリットがある、と思ってほしいです。また、うまくできた事柄に注目し、目標に向かってどれくらい前進したのかが分かるようにすれば、努力した分だけ学習にきちんと反映されると、生徒も理解できるようになります。

 生徒の成長の記録はいろいろな方法(たとえば、チェックリスト、グラフ、スプレッドシート、ポートフォリオなど)で可能ですが、重要なのは、学んでいる最中に生徒自身がそれを見られること(理想は、生徒自身が自分の成長を示せるようにできること!)です。しかも、総括的な記録(成績)としてではなく、形成的な記録(成績には反映されない評価)としての位置づけで。

 そして、さらにウェルズは次のように結んでいます(83~84ページ)。

 何よりも重要なのは、生徒自身が納得できるまで学び続け、練習を続けるといった継続的な機会を提供することです。授業が終わったり、成績がつけられたことで学習は「終わった」と感じてしまうと、目標に対する自分の立ち位置がどこなのかにかかわらず、学びをやめてしまう恐れがあります。

 成績や、それに近いさまざまなマークや記号などは、年少の生徒にとってはご褒美になるかもしれませんが、年長の生徒にとっては決して学習意欲を高めるものではありません。

学習には、振り返り、再検討、再考察、修正が必要不可欠です。最終的な成果を理解して、目標を達成するための明確な道筋が見えていれば何度も作業に戻ろうとしますし、遊んでいるときと変わらないプロセスを踏みます。一番高いブロックタワーをつくるのも、(うん)(てい)をわたるのも、より難しい本を読むのも、成績ではなく目標が生徒にとっての学習動機となっているのです。

 以上、目標設定と学習の関係に関する大切な点をまとめてくれているだけでなく、サックシュタインは、それを具体的な事例でどういう可能性があるのかを(これまた同僚の開発した方法として)紹介してくれています。それは、読解力を身につけるための目標設定を支援するための以下の手順です(78ページ)。

1.  はっきりとした目標達成のための基準を設定する。(「どうなったら目標達成と言えるのか?」)

2.  基準を伝えて行動に結びつける。(「目標を達成するためには何をしたらよいのか?」)

3.  証拠を集めてフィードバックをする。(「基準はどのような証拠に支えられて、どのようなフィードバックをすれば目標達成に役立つのか?」)

4.  個人の目標を設定する。(「自分は何ができるようになりたいのか?」)

5.  自分でモニタリングして振り返る。(「自分のでき(・・)はどうなのか? どのように改善したのか? 次は何をしようか?」)

 1を設定する際の参考になるものをお探しの方には、『読書家の時間』の第7章「評価」の「読書の達人への道 チェックシート」と、『理解するってどういうこと?』の資料編に掲載されているA「理解するための方法とは」、B「大切なことは何か?―幼稚園から高校3年生までの読み・書き内容」、EおよびF「学習指導要領国語科とライティングとリーディング・ワークショップ比較」、H「優れた学び手が使いこなしている思考法」がおすすめです。

また、上の手順は、ほかの教科領域にも応用できます。上記の資料Hが単に「優れた読み手と書き手」ではなく「学び手」になっているのはそのためです。

 さらに、上記の5段階をしたのちの6段階目として、現在の目標を再考したり、新しい目標を設定したり、成果物をもう一度確認したり、フィードバックを得るために改めて観察したり、さらには、自分自身でのモニタリングと振り返りの継続などが考えられます。★★


★これは、まさにドジャースの大谷選手が高校時代からやり続けていること!? そして、本書の第3章のテーマである「より良く学ぶために自己管理を促進する」と関連するというか、コインの裏表の関係にあります。目標が自分のものにならない授業や行事等が続きますから、教師が「自律」の必要性を強調せざるを得ない状況も続きます。

★★この点については、『イン・ザ・ミドル』の第8章「価値を認める・評価する」が参考になります。また、生徒中心の三者面談という可能性もあります。詳しくは、『「考える力」はこうしてつける』の第8章「自己評価」を参照ください。その際の具体的な問いは、次のようなものが考えられます。