SEL便り: 責任ある意思決定 の7回目(前回)は、「学習環境」がテーマでした。「学校レベルでの責任ある意思決定」をカリキュラムで行うと、SELの活動(アクティビティー)に取り組むよりもインパクトははるかに大きくなります。毎時間の授業と関係した形でSELを扱うことになりますから。と同時に、通常の授業以外にSELの活動を付け足しの形でする必要もほぼなくなります★。
この点を見誤ると「うちの学校ではたくさんのSEL活動を取り入れています」と自慢げには言えても、毎日の授業でSELに反するようなことをやり続けていることになりかねませんから、生徒たちにSELの力がどれだけ身につくかはなはだ疑問な状況が続いてしまいます。
今回のテーマの、学校がカリキュラムに責任ある意思決定と、それに基づいた行動をとるために、よりよい材料は『みんな羽ばたいて』(キャロル・トムリンソン著)の第5章が提供してくれているので、その内容の核となる部分を紹介します。
1989年に公開されたアメリカの青春映画で、「教育とは何か」「生きるとは何か」を問いかけるロビン・ウィリアムズ主演の『いまを生きる』の紹介の後に、カリキュラムでないものの代表として、それといつも混同されてしまう「教科書」と「学習指導要領」が批判的に論じられています。(この三者の関係がスッキリしない方は、生成AIに「教育課程/カリキュラム、教科書、学習指導要領の関係は?」と尋ねてみてください。明快な回答が得られるはずです。教育課程/カリキュラムは、学習指導要領をもとに各学校が編成する教育の設計図であることを含めて。)
また、カリキュラムの定義についても、「カリキュラムは、生徒の教科内容の学び/感情と社会性の学び(SEL)を最大限に引き出すための授業計画です。カリキュラムは、学び手がその教科領域が提供する最も重要な情報、概念、スキルに出合い、それらの習得を助けるものでなければなりません」(同、176ページ)と『みんな羽ばたいて』は明確にしています。(生成AIがどのような定義を出してくれるか、尋ねてみてください。)
そのうえで、質の高いカリキュラムの中核をなす(したがって、質の高い教え方と評価の中核をなす)二つの概念は、「夢中で取り組むこと(エンゲージメント)」と「理解すること」であるとしています。これらは学びの中心であるため、質の高いカリキュラムの中心となります(同、177ページ)
さらに、『みんな羽ばたいて』では次のように書かれています(同、178ページ)。
夢中で取り組むこと(感じること)がないと、生徒は内容を深く学ぼうとはしないでしょう。自分に関連のないものに手を出すことはあるでしょうか? 理解すること(意味づけること)がなければ、生徒は「学んだ」ことを保持し、取り出し、適用し、伝達し、創造することができません。言い換えれば、教室や人生において、生徒はエイジェンシーやスキルを発揮できるような方法で学んでいないということです。
教師が何をどのように教えれば、教室にいる生徒一人ひとりを夢中にさせ、理解へと導けるかについて注意深く考える必要があります。これは、生徒中心の教室を実現するための基本的な心構えであり、日々目指すべきものです。
取り組む課題は、生徒一人ひとりにとって意味のあるものでなければなりません。夢中で取り組めば、生徒は途中でつまずいたり、行き詰まったりしても、根気よく課題に対して全力を傾けることができます。そして、成果物に焦点を当てる、選択の提供、本物の学びであること★★など、課題を魅力的にするための10の特徴が紹介されています。この10の特徴は、カリキュラムを考える際の核となるものですから(残念ながら、学習指導要領も、教科書も、それらはしてくれません!)、それらを自分(たち)のものにするために『みんな羽ばたいて』の179~181ページは、ぜひじっくり読んでいただきたいです。
この後、『みんな羽ばたいて』の著者は、「カリキュラムを設計し、最終的にそれをもとにして教えるとき、私たちはこれらの要素(10の特徴)を再検討し、生徒のためになるならば、いつでもカリキュラムに取り入れるようにしなければなりません。私たちは、学校が提供するカリキュラムは、生徒の成長のための触媒にならなくてはいけないと考えています。(中略)生徒が世界を理解するのに役立ち、生徒の知的成長を促し、複雑な問題に取り組む能力を養い、継続的に学習する意欲をかき立てるには、カリキュラムのなかに留まらないものが必要なのです」と書いています(同、182ページ)。
先に書いたように、カリキュラムは教科書や学習指導要領ではないことはお分かりいただけたのではないでしょうか。この後、「夢中で取り組むこと」と対をなしている「理解すること」について詳しく説明があり、それらを踏まえたカリキュラム(教育課程)をどう計画したらよいかも書かれていますので、ぜひ参考にしてください。
そして、次回以降で扱うテーマの評価(9回目)と教え方(10回目)との関係については、「カリキュラム―評価―教え方のつながりを離れて、三つの要素のどれかを完全に理解することはできません。また、このつながりを理解することなく、強固なカリキュラムを開発することもできません」(同、207ページ)と言い切っています。
以上、抽象的な内容だったでしょうか? しかし、確実に言えることは、学習指導要領に準拠した教科書をカバーする指導と評価をしているだけでは、学校レベルでの責任ある意思決定のもとに教え、そして評価しているとは言えない(ということは、真の意味での教師の仕事をしていない!)ことはご理解いただけたでしょうか?★★★
また、SELの活動に興味をもって生徒たちに対してそれを行うことが、必ずしも効果があるわけではないということです(それは、何十年にもわたる道徳の実践から明らかではないでしょうか?) 同じことをSELでもすることは、避けるべきです。ぜひ、カリキュラムの視点をもって(=学校レベルでの責任ある意思決定のもとに)SELを導入してください。それが引いては、既存の教科指導と評価の仕方までをも変えてしまう芽になりますから大きなチャンスです!
★これは、「道徳は単独で教えるよりも、他教科と統合して扱う方が、理解も定着も行動変容も大きい」と言われ続けてきたことと同じです! しかし、ほとんどそれは実現されていませんが・・・その意味で、数時間のSELの活動(道徳)をするよりも、その時間を削っても、他教科との統合(つまりカリキュラム)をしっかり考えてSEL(道徳)を実践した方が得るものは誰にとっても多くなるということです。これこそが今回のテーマである「学校レベルでの責任ある意思決定」の一つとしてのカリキュラムです。
★★本物の学びであることを中心に、「夢中で取り組むこと」と「理解すること」に焦点を当てた『ほんものの学びに夢中になる』(ローレン・ポロソフ著、北大路書房)もありますので、合わせて参考にしてください。
★★★ 学校レベルでの責任ある意思決定をするとは、「学習指導要領に準拠した教科書をカバーする指導と評価」から「学習指導要領に基づく教育課程(カリキュラム)を踏まえて、教科書を活用しながら行う指導と評価」への移行を意味します。この移行/転換を、SELの導入をきっかけに、すべての教科で行うチャンスが提供されているというわけです! ちなみに、『感情と社会性を育む学び』『学びは、すべてSEL』『SELを成功に導く五つの要素』の3冊は、すべてアクティビティーやそれらをつなげたプログラムではなく、学校レベルの判断(=責任ある意思決定)こそがいいSELの提供になることを強調していますので参考にしてください。