2026年3月21日土曜日

学校レベルでの責任ある意思決定: その4=評価 ~ 学びと成長のために評価を活用する

  SEL便り: 責任ある意思決定 の9回目です。前回の最後にあったように、評価はカリキュラムと教え方と切っても切り離せない関係にあります。そして、現時点で、日本で主流の評価は、かなり歪んだ(生徒たちの学びと成長にも、教師の教え方の改善にもほとんど寄与しない)形で行われていると言わざるを得ないと思います。3つのなかで、突出しておかしいのは評価の現状だと思う人は多い★でしょうが、それはカリキュラム(教師の立場からは、何をどう教えるかであり、生徒の立場からは何をどう学ぶか、という前回の8回目のテーマ)と実際の教え方(連載の次回10回目のテーマ)の歪み具合に呼応していると言えます。

 「学校レベルの責任ある意思決定」に最も参考になる『みんな羽ばたいて』の第6章は、次のエピグラフ(章頭引用)ではじまります。

 学校で行われる最も重要な評価は、誰も見ることができません。それは、1日中、生徒の頭の中で行われているからです。生徒は、自分が何をし、何をつくり、何を決断したかを評価し、何が十分であるのかについて決定をしています。このような生徒自身の評価によって、生徒がどれだけ課題を気にかけ、どれだけ一生懸命に活動し、どれだけ学ぶかが決まるのです。(中略) 結局のところ、生徒自身の評価がすべてなのです(同、227ページ)。 

 このことを、日本の教育関係者はどれほど認識できているでしょうか? これが理解できていたなら、テスト・成績・通知表/内申書とセットになっている勉強はとうの昔に葬り去られていたはずです!

しかし現実は、「成績をつけることを目的としたテストなどの『総括的評価』(や『形成的評価』の冠をつけた、実は成績をつけるための手段化している単元テスト)のみが、学校の評価を支配し続けているということです。生徒の学びは、テストや通知表の形で保護者や生徒にその結果を伝えられることを前提としており、それは同学年における相対的な位置関係を示します。教師は、教室でのテストや成績を生徒の学びに役立てたり、伸ばしたり、深めたりすることを意図しているかもしれませんが、それはほとんど実現に至っていません。★★」(『みんな羽ばたいて、233ページ』

上に書かれたことは、全国的あるいは自治体レベルで行われている学力テストにも言えます。単なる時間と税金の無駄遣いを繰り返しています。入試は?!

 そして、「より望ましく、公平で、優れた教え方と学び方のビジョンを達成するための要点は、『覚えたことを判定すること』から『学び方(思考の習慣)を身につけること』★★★へと、評価の焦点の移行を支える考え方を理解することです。本章の残りの部分では、この転換が何を意味するのか、なぜそれが重要なのか、そしてそれが実践ではどのように見えるのかを探ります」(同、237ページ)

 

 これは、教育制度(特に、学校)の責任ある意思決定が最も求められている分野であり、現時点ではそれを残念ながら(不幸にも)モデルとして示せていません。モデルで示せるように、ぜひ『みんな羽ばたいて』の第6章を読んでいただいて、至急、実践に移してください。それは、教えた後の総括的評価(=テスト・成績・通知表)ではなく、まだ教師は教えている/生徒は学んでいる最中に行う形成的評価を重視することを意味します。総括的評価にいくら時間とエネルギーを使ったところで、生徒の学びはよくしませんが、形成的評価は「学びのための評価」★★★★とも言われるぐらいに、生徒の学びの質と量を改善するために行われるものです(その前段として、形成的評価によって教師の教え方が改善され(続け)ることが条件にもなります!)。

 

★思うだけで、それを改める行動に出ている人はあまり聞いたことがありません。もし、こういう教科の改善の取り組みをすでにしているという方は、ぜひ教えてください。

 https://wwletter.blogspot.com/2023/11/blog-post.htmlhttps://wwletter.blogspot.com/search?q=%E6%88%90%E7%B8%BEABC を参照ください。

★★この結果として、「人間の能力は生まれたときから決まっている」という固定マインドセットをほとんどの教師や保護者をはじめ社会全体がもつことになり、「人は誰でも努力すればできるようになる」という成長マインドセットをもてなくもしています!

『オープニングマインド』(ピーター・ジョンストン著)とhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2020/06/blog-post_21.htmlの記事の『オープニングマインド』の下で紹介されている本、および『マインドセット学級経営』(アニー・ブロックほか著)などをぜひ参照ください。

★★★「学び方を学ぶ」は、ここしばらくのキーワードの一つかと思いますが、それは「見取り」や「子ども理解」などと同じで、言葉としては存在しても実体のないものの典型かもしれません。「思考の習慣(https://bit.ly/3XZmfbh)」を身につけると言い換えた方が取り組みやすくなります。そのための具体的な方法は、『みんな羽ばたいて』と「生徒中心の授業づくり」という観点でとても相性のいい『学びの中心はやっぱり生徒だ!』に書かれています。

★★★★この総括的評価(学びが終わった後の評価)と形成的評価(学びを向上させるための評価)の違いを理解することは、教育において致命的に大切です。後者について詳しくは、『テストだけでは測れない! ~ 人を伸ばす「評価」とは』NHK生活人新書を参照ください。

2026年3月7日土曜日

学校レベルでの責任ある意思決定: その3=カリキュラム ~ 夢中で取り組める学びを提供する

 SEL便り: 責任ある意思決定 の7回目(前回)は、「学習環境」がテーマでした。「学校レベルでの責任ある意思決定」をカリキュラムで行うと、SELの活動(アクティビティー)に取り組むよりもインパクトははるかに大きくなります。毎時間の授業と関係した形でSELを扱うことになりますから。と同時に、通常の授業以外にSELの活動を付け足しの形でする必要もほぼなくなります★。

 この点を見誤ると「うちの学校ではたくさんのSEL活動を取り入れています」と自慢げには言えても、毎日の授業でSELに反するようなことをやり続けていることになりかねませんから、生徒たちにSELの力がどれだけ身につくかはなはだ疑問な状況が続いてしまいます。

 今回のテーマの、学校がカリキュラムに責任ある意思決定と、それに基づいた行動をとるために、よりよい材料は『みんな羽ばたいて』(キャロル・トムリンソン著)の第5章が提供してくれているので、その内容の核となる部分を紹介します。

 

 1989年に公開されたアメリカの青春映画で、「教育とは何か」「生きるとは何か」を問いかけるロビン・ウィリアムズ主演の『いまを生きる』の紹介の後に、カリキュラムでないものの代表として、それといつも混同されてしまう「教科書」と「学習指導要領」が批判的に論じられています。(この三者の関係がスッキリしない方は、生成AIに「教育課程/カリキュラム、教科書、学習指導要領の関係は?」と尋ねてみてください。明快な回答が得られるはずです。教育課程/カリキュラムは、学習指導要領をもとに各学校が編成する教育の設計図であることを含めて。)

 また、カリキュラムの定義についても、カリキュラムは、生徒の教科内容の学び/感情と社会性の学び(SEL)を最大限に引き出すための授業計画です。カリキュラムは、学び手がその教科領域が提供する最も重要な情報、概念、スキルに出合い、それらの習得を助けるものでなければなりません」(同、176ページ)と『みんな羽ばたいて』は明確にしています。(生成AIがどのような定義を出してくれるか、尋ねてみてください。)

そのうえで、質の高いカリキュラムの中核をなす(したがって、質の高い教え方と評価の中核をなす)二つの概念は、「夢中で取り組むこと(エンゲージメント)」と「理解すること」であるとしています。これらは学びの中心であるため、質の高いカリキュラムの中心となります(同、177ページ)

さらに、『みんな羽ばたいて』では次のように書かれています(同、178ページ)。

夢中で取り組むこと(感じること)がないと、生徒は内容を深く学ぼうとはしないでしょう。自分に関連のないものに手を出すことはあるでしょうか? 理解すること(意味づけること)がなければ、生徒は「学んだ」ことを保持し、取り出し、適用し、伝達し、創造することができません。言い換えれば、教室や人生において、生徒はエイジェンシーやスキルを発揮できるような方法で学んでいないということです。

教師が何をどのように教えれば、教室にいる生徒一人ひとりを夢中にさせ、理解へと導けるかについて注意深く考える必要があります。これは、生徒中心の教室を実現するための基本的な心構えであり、日々目指すべきものです。

 取り組む課題は、生徒一人ひとりにとって意味のあるものでなければなりません。夢中で取り組めば、生徒は途中でつまずいたり、行き詰まったりしても、根気よく課題に対して全力を傾けることができます。そして、成果物に焦点を当てる、選択の提供、本物の学びであること★★など課題を魅力的にするための10の特徴が紹介されています。この10の特徴は、カリキュラムを考える際の核となるものですから(残念ながら、学習指導要領も、教科書も、それらはしてくれません!)、それらを自分(たち)のものにするために『みんな羽ばたいて』の179~181ページは、ぜひじっくり読んでいただきたいです。

 この後、『みんな羽ばたいて』の著者は、「カリキュラムを設計し、最終的にそれをもとにして教えるとき、私たちはこれらの要素(10の特徴)を再検討し、生徒のためになるならば、いつでもカリキュラムに取り入れるようにしなければなりません。私たちは、学校が提供するカリキュラムは、生徒の成長のための触媒にならなくてはいけないと考えています。(中略)生徒が世界を理解するのに役立ち、生徒の知的成長を促し、複雑な問題に取り組む能力を養い、継続的に学習する意欲をかき立てるには、カリキュラムのなかに留まらないものが必要なのです」と書いています(同、182ページ)。

 

 先に書いたように、カリキュラムは教科書や学習指導要領ではないことはお分かりいただけたのではないでしょうか。この後、「夢中で取り組むこと」と対をなしている「理解すること」について詳しく説明があり、それらを踏まえたカリキュラム(教育課程)をどう計画したらよいかも書かれていますので、ぜひ参考にしてください。

 

 そして、次回以降で扱うテーマの評価(9回目)と教え方(10回目)との関係については、「カリキュラム評価教え方のつながりを離れて、三つの要素のどれかを完全に理解することはできません。また、このつながりを理解することなく、強固なカリキュラムを開発することもできません」(同、207ページ)と言い切っています。

 

 以上、抽象的な内容だったでしょうか? しかし、確実に言えることは、学習指導要領に準拠した教科書をカバーする指導と評価をしているだけでは、学校レベルでの責任ある意思決定のもとに教え、そして評価しているとは言えない(ということは、真の意味での教師の仕事をしていない!)ことはご理解いただけたでしょうか?★★★

 また、SELの活動に興味をもって生徒たちに対してそれを行うことが、必ずしも効果があるわけではないということです(それは、何十年にもわたる道徳の実践から明らかではないでしょうか?) 同じことをSELでもすることは、避けるべきです。ぜひ、カリキュラムの視点をもって(=学校レベルでの責任ある意思決定のもとに)SELを導入してください。それが引いては、既存の教科指導と評価の仕方までをも変えてしまう芽になりますから大きなチャンスです!

 

★これは、「道徳は単独で教えるよりも、他教科と統合して扱う方が、理解も定着も行動変容も大きい」と言われ続けてきたことと同じです! しかし、ほとんどそれは実現されていませんが・・・その意味で、数時間のSELの活動(道徳)をするよりも、その時間を削っても、他教科との統合(つまりカリキュラム)をしっかり考えてSEL(道徳)を実践した方が得るものは誰にとっても多くなるということです。これこそが今回のテーマである「学校レベルでの責任ある意思決定」の一つとしてのカリキュラムです。

★★本物の学びであることを中心に、「夢中で取り組むこと」と「理解すること」に焦点を当てた『ほんものの学びに夢中になる』(ローレン・ポロソフ著、北大路書房)もありますので、合わせて参考にしてください。

★★★ 学校レベルでの責任ある意思決定をするとは、「学習指導要領に準拠した教科書をカバーする指導と評価」から「学習指導要領に基づく教育課程(カリキュラム)を踏まえて、教科書を活用しながら行う指導と評価」への移行を意味します。この移行/転換を、SELの導入をきっかけに、すべての教科で行うチャンスが提供されているというわけです! ちなみに、『感情と社会性を育む学び』『学びは、すべてSEL』『SELを成功に導く五つの要素』の3冊は、すべてアクティビティーやそれらをつなげたプログラムではなく、学校レベルの判断(=責任ある意思決定)こそがいいSELの提供になることを強調していますので参考にしてください。