2026年5月16日土曜日

『「しない」が子どもの自力を伸ばす』は、SELの本!

 なぜ、私がこの本の惹かれたのかを発売されてからほぼ1年たってから、ようやく気づきました(おそらく、まだ気づいていないことは、他にもいろいろあると思います!)。

 『「しない」が子どもの自力を伸ばす』を出す前に、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/06/sel.htmlで紹介している4冊のSELをメイン・タイトルないしサブ・タイトルに掲げた本を出していましたが、それらよりも、SELの本質を「理論」(やエクササイズ=取り組む活動として)ではなく「人間の営み」として捉え、そして極めて豊かに描いているからです。なので、SELという言葉を一切使っていないのですが、SELの核心に触れる示唆がむしろ濃いのだと思います。なので、ぜひ、ご一読を!

 

 SELの文献は、自己認識、自己管理、社会認識、関係構築、責任ある意思決定といったスキル分類を前提に語られます。それに対して、『「しない」が子どもの自力を伸ばす』は、

  • マヤ族の子育て
  • イヌイットの怒りの扱い方
  • ハッザベの協力の文化
  • 大人が「しない」ことで生まれる自発性

といった実際に暮らしの中で行われている文化的な営みとして、子どもの感情調整・協力性・主体性がどう育つかを描いています。つまり、SELの「結果」を、文化の中で自然に育つプロセスとして描いているのです。しかも、著者のサンフランシスコでの暮らしに代表される西欧社会のそうした自然に育つ環境が失われてしまった現実との対比のもとに。

 要するに、SELの理論と実践が目指しているものを、『「しない」が子どもの自力を伸ばす』は理論化される前の「生きた実践」として示してくれているのです!

 

 ということで、SELに興味をもたれる先生は、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/06/sel.htmlの一冊から読み始め(て実践す)るという選択肢がありますが、一方で『「しない」が子どもの自力を伸ばす』から読み始めて、それらをSELの5領域(自己認識、自己管理、社会認識、関係構築、責任ある意思決定)にマッピングしてみるというエクササイズをするところから始めると、より効果的な実践になると思います。(前者のアプローチは、SELという名の「介入」「急かさす」「先回り」をやらかす危険性をはらんでいます! https://x.gd/gLNIdを参照ください。)

 後者のアプローチは、(赤ちゃんを教室に招くようなプロジェクトの代わりに)中学生以上であれば生徒対象に使えるかもしれません。全部の章を読むのが大変なら、1章に限定して、読みこんだ後に、生徒たちにマッピングしてもらうのです。

 

 その結果は、たとえば次のようなものになるかもしれません。

1. 自己認識

『「しない」が子どもの自力を伸ばす』で対応する要素例:

  • 大人が「急かさない」「先回りしない」ことで、子どもが自分の感情・欲求・ペースを感じ取れる
  • マヤ族の子どもが「自分は家族の一員として役に立てる」という自己概念を自然に形成する
  • イヌイットの子どもが、怒りを外から観察するものとして理解する文化

要点: 大人が介入しないことで、子どもは自分の内側を感じる時間を取り戻す。

 

2. 自己管理

『「しない」が子どもの自力を伸ばす』で対応する要素例:

  • イヌイットの「怒らないで教える」文化
  • 大人が「しない」ことで、子どもが自分で衝動を調整する機会が増える
  • ハッザベの子どもが、自然の中でリスクを自分で判断しながら行動する

要点: 大人がコントロールしないからこそ、子どもは自分で感情・行動を調整する力を育てる。

 

 SELの残りの3領域についても、同じことができます。

 このエクササイズから、SEL5領域はもともと「人間が文化の中で自然に育ててきた力」を体系化したものだと気づけます。『「しない」が子どもの自力を伸ばす』は、その「自然な育ち」を文化人類学的に描いてくれているのです。だら、SELという語を使わなくても、
SEL
の核心を最も生き生きと描いている本の一つになるわけです。

 もしあなたが、そのような本を他にもご存じでしたら、pro.workshop@gmail.com宛に、ぜひ教えてください。

2026年5月2日土曜日

生徒のウェルビーイングを高めるための、学校レベルの意思決定と行動

SEL便り: 責任ある意思決定 の11回目(最終回)です。

 『成績だけが評価じゃない』で紹介されているウェルビーイングの事例は、日本でいえば受験校的なエリート校の事例なので(それに当てはまる読者は、172~178ページをぜひ参照してください)、ここでは他の情報源から紹介します。

 最近訳出された『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化)の185~188ページで伝統のある(しかし、それほど成績優秀校というほどではない)ブライトン・グラマー男子高校が生徒のウェルビーイングに重点を置いた学校と書いてあったので調べてみると、https://www.brightongrammar.vic.edu.au/learnwithus/boy-centered-learning/boysandwellbeing/ がすぐに見つかりました。

 そこにはまず、「私たちは、生徒たちが気持ちよく過ごし、健やかに成長し、社会に前向きな形で貢献できるようになることを願っています。そのために、ブライトン・グラマーでの学びの過程を支え、卒業後の人生にも活かせるようなスキルと心構えを身につけさせることが重要だと考えています」と書かれています。このレベルなら、どんな学校でも考えている/言っていることかもしれません(考えていたり、言ったりするだけと、意思決定とそれに基づいた行動とは、まったくの別物です!)。

 しかし、ブライトン・グラマーは考えるだけ/言うだけと違い、2015年から全校生徒(幼稚園児~高校3年生)を対象にPROSPER(繁栄)と名づけられたウェルビーイング・カリキュラムを導入しているのです。その中身(というか枠組み)は、ウェルビーイングに最適な要素を表す言葉のPROSPERの頭字語で表しています。

  • P Positive Mindset; Positive emotions ポジティブな心構え・前向きな感情
  • R – Relationships:人間関係
  • O – Outcomes and achievement:成果と達成
  • S – Strengths:強み
  • P – Purpose and Meaning :目的と意味
  • E – Engagement:エンゲージメント
  • R – Resilienceレジリエンス(回復力・しなやかさ)

すべての生徒は、このPROSPERの枠組みに沿ったウェルビーイング授業に参加し、社会的・感情的な理解やスキル(要するに、SELのスキル)を育んでいきます。

 

●小学校段階の取り組みは、次のものが中心です。

  • You can do it」★1整理整頓、粘り強さ、レジリエンス(困難を乗り越える力)、協調性といったスキルを育てるプログラム
  • 構造化された遊び(Structured play社会的な言語や行動を身につけるための遊び活動
  • 「サークル・タイム(Circle Time)」男子生徒が自分の気持ちを表現し、他者の気持ちに気づく力を養うための構造化された場 ~ これについての詳しいやり方は、『生徒指導をハックする』の第2章や、『SELを成功に導くための五つの要素』『学びは、すべてSEL』『聞くことから始めよう!』のなかでも「コミュニティー・サークル」として詳しく紹介されています。
  • ライフ教育(Life education生に関する教育 ~ 同じレベルで大切な「死の教育」も大切! https://thegiverisreborn.blogspot.com/2025/12/140141.html
  • Still Cloud ★2初等部(小学校)全体で毎日休み時間後に行う10分間のマインドフルネス。集中力を取り戻し、心の落ち着きを育む時間

 

●中学校段階

  • パーソナル・ディベロップメント(自己成長)プログラム「私は誰か?」といった問いや、思春期に直面する課題や変化を探究する。~ これには、オーストラリアで1980年代に開発された『わたし、あなた、そしてみんな』(https://www.eric-next.org/test/reflect_read.html#textsの6冊目)が参考になります。この本の「わたし」の部分だけを日本風にアレンジしたのが『人間関係を豊かにする授業実践プラン50: 自分を見つめ好きになる本 』でした。
  • 「キャンプ・ファイア」感情を表す言葉を育てるために、分かち合い・表現・気持ちを言語化する方法を学ぶ構造化された場。
  • マンツーマン・コーチング学校生活、人生、その他の関心分野において目標を立てる方法を学ぶ。
  • キャラクター・ストレングスの特定自分の性格的な強みを見つけ、それを活かして目標達成につなげる方法を学ぶ。

 

●高校段階

  • ポジティブ心理学個人のウェルビーイング(心身の健やかさ)につながる要因を探究する。
  • 尊重ある人間関係他者、特に女性との関わりにおいて、職場・友人関係・より親密な場面で前向きかつ敬意あるふるまいを学ぶ。
  • 固定的マインドセット vs 成長マインドセットすべての活動において成長マインドセットをもつことで、自分の可能性を最大限に伸ばせることを男子生徒に教える。 ~「教える」というのは無理があると思います。『生徒指導をハックする』の第5章を参照ください。成績・評価を必然的に扱うというか、変えていく必要に迫られます! そうなると、『成績をハックする』『聞くことから始めよう!』『成績だけが評価じゃない』などを、まずは教師が自分たちのものにすることになります。
  • キャリア・カウンセリング各生徒の関心や強みを探り、それをもとに進学や将来のキャリア選択に役立てる。

 

 以上のブライトン・グラマーの情報から、発達段階に応じて、かなり体系化する努力をしていることが伺えます。個別のアクティビティーをバラバラに(イベント的に)するのか、それとも幼稚園児から高校卒業までを見据えたプログラムとして実践するのかでは、得られるものはだいぶ違ったものになります。似たような時間をかけるのであれば、後者でいきたいものです!

 その際に大切なことは、『インストラクショナル・コーチング』の185~188ページで紹介されている「インパクト・サイクル」ないし「コーチングのサイクル」(それらは、探究ないし実践向上のサイクルとも言える)を回し続けることが鍵となります。

 

●他のオーストラリアの学校でのウェルビーイングへの取り組みに関する情報:

https://www.aitsl.edu.au/research/spotlights/wellbeing-in-australian-schools

https://www.teachermagazine.com/au_en/category/wellbeing

https://studentwellbeinghub.edu.au/educators/

https://wellbeingguide.acer.org/

 

★1 子どもの可能性を信じ、あなたは「できるよ」「あなたには力がある。だから一緒にその力を育てていこう」という教育理念を表すタイトル。

★2 「雲がゆっくり止まるように、心を静める10分間」という意味です。

関連情報:

https://www.bing.com/search?q=student+well-being&FORM=SSQNT1&PC=DCTS

https://www.aitsl.edu.au/general/search-results?indexCatalogue=search&searchQuery=student%20wellbeing 最初の20個ぐらい

https://www.aitsl.edu.au/research/spotlights/wellbeing-in-australian-schools オーストラリアの状況がまとめられている。

https://www.teachermagazine.com/au_en/category/wellbeing

https://studentwellbeinghub.edu.au/educators/

https://wellbeingguide.acer.org/