2026年8月15日土曜日

共感の力

 他者への共感は、相手の行動を必ず変えるわけではありません。

 それでも、自分が難しい状況をよりうまく乗り越える助けになります。

 

 ある生徒に、本当に手を焼いていました。新学期のほとんどの期間、彼女は毎日、私の最終時限の授業に怒りながら飛び込んできて、机にバックパックを叩きつけ、こう叫ぶのです。
「このクラスなんて大嫌い。私はバカじゃないし、ここにいるべきじゃない!」
 彼女は8年生=中学校の最終学年向けの読解支援クラスに在籍していました。彼女は何もしようとせず、授業を妨げるギリギリのところをいつもさまよっていました。

私は毎週、毎週、なんとか彼女とつながろうとしました(ここではTと呼びます)。でも彼女は自分のまわりに大きな壁をつくり、私を寄せつけませんでした。そのうち、私自身も心を閉ざしていくのを感じました。
 正直に言うと、心の中ではこう思っていたのです。「あなたは難しい子なんだね。わかったよ。私だってもう気にしない。ただ静かにしていてくれればいい。」

 そして1学期が終わろうとしていたある日、ちょっとした出来事がきっかけで、私はTに対して湧き上がるような共感の源を見つけることができました。
 そのとき気づいたのは、生徒や同僚、上司といった「他者への共感を育てること」が、実は自分自身を楽にしてくれるということでした。共感を育てることで、気持ちが軽くなり、エネルギーが戻り、困難に向き合う力が増したのです。

 

共感の力

 「良い人であるために、すべきこと」として語られることの多い共感ですが、実際には、他者とつながり、より深く理解するための大切な力です。共感は「同情」とは異なります。同情は、相手の苦しみを外側から見て「かわいそう」「つらいね」と感じること。一方、共感は、相手の痛みを自分の内側で感じたり、相手の目を通して世界を見ることです。そして共感は、思いやり(コンパッション)につながる入口でもあります。思いやりとは、共感を行動に移し、相手の苦しみを和らげようとする姿勢のことです。

 共感を育てるもう一つの理由があります。他者への共感は、自分自身の人生をより良くしてくれます。共感は心を開き、さまざまな感情を受け入れやすくしてくれる一方で、つらい経験をやわらげる働きもあります。他者への共感が育つほど、私たちは相手をより理解し、これまでとは違う形でつながれるようになります。そのことが、レジリエンス――困難から立ち直る力――を高めてくれるのです。

 Tとの間に起こったことは、次のようなことでした。授業で「もしも魔法のジーニーが願いを一つ叶えてくれるとしたら、何を頼みますか?」というお題で、短い作文を書いてもらった時のことです。

Tは、「ジーニーに新しい服を買ってもらいたい」と書きました。彼女の書いた内容によると、最近急に背が伸びて、今持っている服がどれも小さくなってしまったそうです。でも家には新しい服を買う余裕がなく、毎日、サイズが合わないと分かっているズボンや、今にもはち切れそうなシャツを着て登校するのが恥ずかしくてたまらないのだと綴っていました。「ただ、自分の体にぴったりの服が欲しい」——急成長期を迎えた彼女の願いは、切実なものでした。

 私は思いました。13歳の女の子にとって、それはいったいどんな気持ちなんだろう」

自分自身の思春期を思い出し、彼女の服を着ている自分を想像し、彼女が感じているかもしれない気持ちの一部を、私も感じたのです。

 私は、共感を込めた短いメッセージを書いて返信しました。すると彼女は返事をくれて、病気のおばあさんのことや、発達障害のあるお母さんのことを話してくれました。私がまた返信すると、彼女もさらにいろいろと打ち明けてくれました。彼女は相変わらず怒った様子で教室に入ってくることもありましたが、その怒りは以前よりずっと早くおさまるようになりました。そして私自身、彼女の怒りに前ほど振り回されなくなっていることに気づきました。むしろ自然に微笑みかけることができ、「今日は来てくれてうれしいよ」と心から言えるようになっていたのです。

 他者への共感は、必ずしも相手の行動を変えるわけではありません――そして、私たちもそれを期待すべきではありません。ただ、自分の内側にある「共感という険しい道」を探っていくことで、他者について、そして自分自身について、より深く学べることを願うだけです。

 

共感のエクササイズ

他者への共感を育てる方法はいくつもあります。ここでは、そのうちの一つの活動を紹介します。まず、あなたが苦手に感じている人、関係がうまくいっていない人を一人思い浮かべてください。それは生徒でも、同僚でも、上司でもかまいません。その人のを、スマートフォンでそっと写真に撮ってみましょう。もしそれが難しければ、靴をよく観察して心に留めておくか、簡単なスケッチを描いても構いません。一日のあいだ、その人の靴を履いている自分を想像してみてください。あなたが知っている情報を手がかりに、朝その靴を履くところから、学校に来るまでの道のり、学校で過ごす時間、放課後に帰宅するまでの流れを思い描いてみます。そして一日の終わりに、感じたことを記録します。
どんな体験だったか?
どんな気持ちになったか?
その人への考え方や感じ方は、どう変わったか?

 

 共感とは、心を開くことです。それが難しく感じられることもあるでしょう。でも、私たちの心は本当にたくさんのものを受け止められる力をもっています。教師には、心を開く機会が日々たくさんあります。そして、共感を「実践として育てる」ことは、教育者としての仕事をむしろ楽にしてくれるのです。

 

出典・https://www.edutopia.org/article/power-empathy

この記事の執筆者のエリーナ・アギラーさんは、『教師のためのアート・オブ・コーチング』(図書文化)の著者で、コーチングや教員研修を中心に10冊近くの本を書いています。邦訳があるのは、まだ『教師のためのアート・オブ・コーチング』のみです。

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2026年8月1日土曜日

創造性でレジリエンスを高める

 創造性は、ストレスに対処するための大切な資源です。そしてその始まりは、とてもシンプルなこと——「問いを立てて、世界への驚きを取り戻すこと」 からでも十分なのです。

 多くの教師は、ストレスを管理し、燃え尽きを防ぐことに強い関心をもっています。この仕事の要求の大きさや、学校現場で離職率が高いことを、私たちはよく知っているからです。十分に眠り、バランスよく食べ、運動し、ときには瞑想する——こうした習慣がレジリエンス(困難に立ち向かい、以前より強く立ち上がる力)を育てるうえで役立つことも、私たちは理解しています。

しかし、しばしば見落とされているもう一つのレジリエンスの育て方があります。それは、創造性を高めることです。創造性は、ストレスに向き合い、問題を解決し、人生を楽しむための内なる資源を開いてくれます。私たちが創造的であるとき、私たちは柔軟で、これまでにない新しい方法で問題に取り組むことができるのです。

 

なぜ創造性がレジリエンスを育てるのか

創造性は、習慣(私たちが行うこと)であると同時に、気質(ものの見方やあり方)でもあります。それがいつ習慣から気質へと移行するのか、あるいは習慣として行動に表れなくても気質として存在し得るのか——その境界をはっきり示すのは難しいところです。最近の執筆や調査を通して気づいたのは、レジリエンスの高い人を扱った研究のほぼすべてが、創造性を重要な特性・行動・気質として挙げているということでした。

 ここには理由があります。創造的なプロセスは、問題の根本を見抜いたり、状況を別の角度から捉えたりする力を与えてくれます。その結果、いっけん無関係に見える事柄同士を結びつけ、新しい視点を得ることができたりもするのです。これは、あなたが教室や学校で直面するあらゆる課題にも当てはまります。たとえば、行動や評価のマネジメント、整理整頓、膨大な業務量など。もし、こうした問題に取り組むために、自分の内側にある別の資源を引き出し、新しく独創的な方法を見つけられたらどうでしょう。創造性に意識を向けることは、その可能性を開いてくれるかもしれません。

 創造的な活動に没頭するべきもう一つの理由は、脳にとって良いことです。創造性はアルファ波を活性化させますが、これはリラックスした状態と強く結びついている脳の信号です。科学者たちは、人がリラックスしているとき、「あっ、そうか!」という大きなひらめきが生まれやすいことを明らかにしています。解決不能に思える問題が、まるで自然にほどけていくような瞬間です。だからこそ、同じ問題をぐるぐる考え続けてしまうときは、散歩をしたり、運動をしたり、長めのシャワーを浴びたりするのが効果的なのです。こうした活動は、脳内でアルファ波を生み出してくれます。

 さらに、多くの研究が示しているのは、絵を描く、編み物をする、ジャーナルを書くといった活動が、セロトニンの分泌を高め、不安を軽減するということです。これらはすべてレジリエンス——つまり、問題に向き合い、次に同じような困難が訪れたときには、よりうまく対処できるようになる力——を高める要因となります。

 

どうすれば創造性をもっと育てられるのか

創造性は、育てていく必要のある「習慣」です。多くの人は「自分は芸術が得意じゃないし」と思い込み、創造的な活動を時間の使い方として価値あるものだと感じていません。もしあなたがそう感じているなら、少しずつ始めてみるといいでしょう。クラスを受けてみたり、まずは芸術を「味わう」ことから始めたりしても構いません。自分自身の創造性を育てていくうちに、授業の中でも、職員会議でも、週末の過ごし方でも、創造性を自然に取り入れられるようになります。そしてそのことが、あなたのレジリエンスを高めてくれるのです。

 

 教室の内外で、創造的なマインドセットを育てるための方法をいくつか紹介します。

●質問すること

5歳の子どもは1日に120の質問をし、6歳になると60に減り、40歳の大人は1日にたった4つしか質問しないと言われています。初心に返り、積極的に質問してみましょう。他の人がどんな質問をしているかにも注意を向けてみてください。心を動かされた質問を集めておくのも良い方法です。

●好奇心をもつこと

アイディアの切れ端、言葉の断片、葉っぱや花びら、イメージや香りなどを集めてみましょう。それらを心の中の引き出しや小箱にしまっておきます。無理に関連性を探す必要はありません。ただ、それらの断片が新しい形で結びつく可能性に開いておくのです。アイディアを組み合わせ、つながりを見つけることは、創造性の重要な実践です。

試す・失敗する・記録する

トーマス・エジソンはこう言っています。「私は誰よりも多くの失敗をする。そしてたいていの場合、その失敗の多くを特許にしてしまう。」エジソンは多作な発明家でありイノベーターで、失敗から学ぶ達人でした。彼が亡くなったとき、アイディアや思考の詳細が書かれたノートが3,500冊残されていたといいます。好奇心に従い、アイディアを試し、失敗から学ぶことを続ければ、あなたの創造性の質は飛躍的に高まるでしょう。

 

 最後にもう一つだけお願いがあります。どうか創造性を大切にしてください。創造することは、あなたが生まれながらにもっている権利なのです。人間は本来、創造的に自分を表現する存在です。世界中どの文化を見ても、人々が美しさを生み出してこなかった文化は一つもありません。あなたが自分の身体をいたわり、心の健康を気遣うのと同じように、どうか自分の中の創造する力にも栄養を与えてください。そうすることで、教師として日々直面するストレスに、よりしなやかに向き合えるようになるはずです。

 

出典・https://www.edutopia.org/article/boosting-resilience-through-creativity

この記事の執筆者のエリーナ・アギラーさんは、『教師のためのアート・オブ・コーチング』(図書文化)をはじめ、この記事のレジリエンスをテーマにした『Onward』、そして『教師のためのアート・オブ・コーチング』の改訂版の(というよりも、ほとんど別の本と言った方がいい)『Arise』などの著者です。

 

この記事の紹介者が先生たちに研修を提供するという形で学校に関わり始めたのは、1980年代の中ごろでした。当時も、そして今も共通の課題として感じるのは(状況は、今の方がはるかに深刻度は増していると思います!)、多くの教師の創造性や好奇心の欠如です。いかせん、「答えありきの世界の住人」ですから、創造性や好奇心が薄れるのは一種の職業病的なものと言えるかもしれませんが、教育の見地から本来それは許されることではありません。本文中に「5歳の子どもは1日に120の質問をし、6歳になると60に減り・・・」とありますが、教師は1日にいくつの質問をするでしょうか?(発問という形で、すでに答えのわかっている質問は生徒たちに対してたくさんするかもしれませんが、ここでの対象は自分が答えを知らない質問のことです。)

この記事では創造性を養う3つの方法が紹介されていますが、それら3つに関していい本を紹介します。①質問をすることについては、『たった一つを変えるだけ』。②好奇心については、『「おさるのジョージ」を教室で実現』。③イノベーター/失敗から学ぶ達人については、『教育のプロがすすめるイノベーション』(この本のイノベーションの定義は「新しくて、よりよい何かを創造する考え方」です)がおすすめです。