2023年5月27日土曜日

『共感力を育む――デジタル時代の子育て』(ミシェル・ボーバ著、佐柳光代・高屋景一訳、ひとなる書房、2021年)~共感2

  前回(先週)お伝えしたように、第2と第4土曜日は、「共感」をテーマにしばらく書いていきます。今回は、その2回目です。

 表題の本を訳された佐柳さんが、本への思い・こだわりを綴ってくれましたので紹介します。

本著の第1章から第9章まで、一貫して強調されている点を箇条書きにしてみる。

    人は生まれつき共感力を持っている。

    生まれつき持つ共感力が、その後の教育環境で失われることが多い。

    教育環境を整えることにより、共感力は育てていくことが可能である。

    スマホや電子媒体に長時間浸ると、共感力が育たない。

    電子媒体使用については、ルール(時間や場所等)を決め、賢く利用すべきである。

    共感力を持つ子どもは、自分自身も幸せな人生を送るし、周囲の人も幸せにする。

以上の点を、著者は最新の心理学的知見を紹介しつつ、共感力が発揮された実例を豊富に掲載し、読者に呼びかける。

・共感力を育む方法については、そのために役立つ推薦図書やビデオ、映画★、ゲームなどを年齢別に、具体的に挙げている。

・電子媒体の利用の仕方についても、家庭で実行できる具体的な提案がなされている。

本書は具体的な提案に満ちているので、幼児教育、学校教育、社会教育、家庭教育など、あらゆる場で活用できる。最近正規の科目となった「道徳」の授業の時など、生徒に紹介できるエピソードが全編を通して散りばめられている。道徳の中心は、何と言っても共感力に尽きると、私は思う。

世界の潮流は、あらゆる分野でAIの活用が進みつつある。その潮流に乗り遅れてはならぬと、文科省は「プログラミング教育」を小学校から必修化し、一人一人の生徒にタブレット端末を持たせてデジタル機器運用能力を高める方向に、教育の力点を置き始めている。

しかし、デジタル機器運用能力の基礎には、共感力が必須である。共感力なしの技術発展は、原子爆弾であり戦争であり、人種差別から起こる強制収容所に結びつく。

技術教育の前に、心の教育が叫ばれなければならない。共感力の重要性を本著で熱く説く原著者ボーバ氏は、そのためにアメリカ中、世界中を飛び回り、啓蒙活動を続けている。

本書を読んで伝わるボーバ氏の熱意が、私たち二人の訳者と出版社ひとなる書房を動かし、出版が実現した。多くの方々に手に取ってほしい一冊である。

 

★なお、この価値あるリストは後日、紹介する予定でいます。

2023年5月20日土曜日

「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」の解決は、SELが鍵! ~共感1

 ラジオのニュースを聞いていたら、「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」というのがあることを知りました。

 弱い立場にある人たちが、乗れない状態になってしまうので、それをサポートするために設置者たちはいろいろ努力をしているようなのですが、まったくうまくいっていないというのです。

 電車やバスの優先席は、それなりに定着しているようですが、この問題は問題解決の兆しが見えないらしいです。

 この問題が起こること自体、SELの観点でみると、共感とセルフ・アドヴォカシーを中心にSEL全般のスキルの欠如の問題と言えるのではないでしょうか?

 セルフ・アドヴォカシー(およびそれと対をなす自分以外の人によるアドヴォカシー)についてはhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2023/03/blog-post_19.html を参考にしてください。そこでは、学習のなかでのことが中心に書かれていますが、学習以外の場面でも同じです。

 共感ないし共感力で、いろいろな本やネット情報で調べてみました★が、一番共感できた内容は、ミシェル・ボーバ著の『共感力を育む』で見つけることができました。その本の章のタイトルが、共感の中身を示してくれていますので、下に貼り付けます。(メインのタイトルだけでは分かりにくいところもあるので、サブタイトルもつけます。)


部 共感力を発達させる
第1章 共感力のある子は人の気持ちが分かる感情の読み取りを教える
第2章 共感力のある子は道徳的自己認識がある倫理的規律を発達させるには
第3章 共感力のある子はほかの人の必要が分かる視点を変え、ほかの人の立場を理解する
第4章 共感力のある子は道徳的想像力がある共感力を培うための読書
部 共感力の練習をする
第5章 共感力のある子は冷静を保てる感情を抑制し、自己コントロールを学ぶには
第6章 共感力のある子は親切を実行する思いやりを育むために、日常的にできる取り組み
第7章 共感力のある子は「あの人たち」ではなく「私たち」と考えるチームワークと協力を通して共感力を培うには
部 共感力に生きる
第8章 共感力のある子は断固たる態度をとる道徳的な勇気を高めるには
第9章 共感力のある子は変革をもたらしたいと思う利他的な変革者を育てるには

 この本のいいところは、これら9つの力を練習して身につけるための方法が、具体的にたくさん紹介されていることです。目の前にいる子どもたちが、これらのどれかに欠けていると思ったら、ぜひ本を読んで試してみることをおすすめします。

 https://listfreak.com/list/20679 では、4つのステップ(観察し、感じ取り、考え、伝える)として紹介されていますが、あなたは共感を単に伝えるレベルで終わってしまっていいと捉えますか? それとも、(『共感力を育む』の第6章以降のように)行動を伴ったアクション・レベルで捉えますか?

http://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.html で紹介しているSELの枠組みで見ると(図を参照)、なんと、共感は「社会的スキル」に含まれています。

 また、この同じ図の「アイデンティティーとエイジェンシー」のところ以外(?)★★は、「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」の解決に向けて当事者たちが必要なスキルが多く含まれていることが分かります。逆に、これらなくして、このような問題に遭遇したときにどのように対処できるというのでしょうか? それが、知識だけを優先する教え方から、これらのスキルも磨きながら学んだ方が、結果的に自分にとっても、社会にとっても、さらには知識の習得にも効果的だと欧米ではおよそ30年前に判断して取り組み始めたという経緯があるわけです。(ウ~ン、確かに、学校での教科の知識だけでは、「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」を含めて、世の中の多くの問題を解決したり、改善したりできる気はしません!)

 

SEL便りの二つの姉妹ブログ(WW/RW便り (wwletter.blogspot.com)PLC便り (projectbetterschool.blogspot.com))の左上に「共感」を入力して検索すると、たくさんの記事が見つかります。特に、前者の読むことや理解することに「共感」が欠かせないというか、主要な役割を果たしていることに気づけますが、国語の授業や読書している時に意識したことはありますか? なお今回、「共感」でいろいろ調べたことで、「共感」に目覚めてしまいましたので、SELで書き進むのとは別立てで、共感で連載をスタートすることにしました。いつまで続けられるかは定かでありませんが、これには第2と第4土曜日を当てることにして、タイトルの最後に「~共感+No」と付けます。今回が、その1回目でもあります。

★★よく考えてみると、自分こそがこの問題を改善できる主体者であるという意識(エイジェンシー)や、そう簡単に解決・改善策が得られて、問題がなくならないことを踏まえると、「忍耐力とやり抜く力」や「レジリエンス」も欠かせないと思いました!

2023年5月6日土曜日

SEL実践(2)感情のハイゾーンとローゾーンを知り、話し合う

 前回に引き続き、私が勤務するGIFTSchool(幼児から中学生までが通う全日制のフリースクール)での試行錯誤や振り返りを紹介します。(2022年度の前期に週に1回45分間、3~5年生の45人のグループを担当したときのことです。活動の設定や指導は、私ともう一人の教員が協働して行ったものもあります。)

 子どもたちは、自分の感情をありのままに出しすぎたり、ときにはしまい込み過ぎてしまったりするものですが、自分の心が今どんな状態にあるかを自分で感じられるようにするための学習・練習はとても大切だと考えるようになりました。自分の感情を認めることは、自分自身を認めることでもあるし、自分にとって心地よい状態に向けて自己を調整するための出発点となるからです。そこで、『21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ著、ダイヤモンド社、2023年)の巻末付録として下向依梨さんによって紹介されていた、「レジリエンスゾーンを意識する」というワークを行いました。

 初めに、様々な感情の種類を学んだときのことを振り返り、子どもたちに「どんな感情であっても、それが湧き起こること自体は止められるものではなく、そう感じたことは否定しなくてよい。自分が何を感じているかを感じようとすることが大事」というメッセージを伝えました。次に、誰にでも気持ちが高ぶるハイゾーンと、落ち込んだり無気力になったりするローゾーンの繰り返しがあること、ずっとそれらの状態にあり続けることはきっと辛いので、自分のコントロールが効くOKゾーンに戻って来られるといいという話をし、レジリエンスゾーンのグラフの例(図1)を確認しました。そして、一人ひとりが前日の夜から登校するまでの間のことを思い起こし、心の調子のアップダウンを話してみようと伝えました。

21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ著、ダイヤモンド社、2023年)206ページより引用。

 私は、ホワイトボードに人数分のOKゾーンを書いておき、一人ひとりの話を聞きながら、心の調子を表す線とその上下のきっかけとなった出来事を加えていきました。子どもたちの話はどれも率直で、私自身が子どもへの理解を深めることにも繋がりました。例えば、人混みが苦手な子は、登校中に繁華街を通過するときに、がくんとローゾーンへ落ちます確かに登校時にいつも元気がないとは思っていましたが、その辛さがよくわかりました。

心の調子のアップダウンに、両親や兄弟との関わりが大きく影響する子もいます。また、ゲームが大好きな子は、上がるきっかけも下がるきっかけもゲームのことであると知り、私自身が経験したことがない世界もあることを改めて意識しました。みんなで聞くことで、話している人に起きたことやその人の感じ方を受けとめる時間になったこともよかったです。

最後に、ローゾーンからOKゾーンに向かうための工夫にはどんなものがあるかを尋ねました。意外とどの子もアイディアをもっていて、ゲームや工作など好きなことをする、音楽やヨガで気持ちを落ち着けるといった意見を共有し合うことができました。ある子が、グラフを記録しているときに「兄弟が旅行で居なくて寂しいという気持ちを、逆に一人っ子気分を楽しめてよいかもと考えた」と話したことで、「捉え方も大事だよね」と子どもたちの方から話題になりました。また、寝坊からスタートしていきなり落ち込んでしまったという子が、自分のグラフを見直しながら「いっぱい寝られてよかったと思えばいいかもね」、兄弟とけんかして落ち込んだ場面については「いったん相手と離れるようにすればよかったかもね」などと話し、気持ちの切り替え方について考えることができました。

この時間は、子どもたちが自分の体験を率直に共有し、グラフに表すことで感情の変化を認識しやすくするという方法を学ぶ機会になったと思います。初回は私が子どもたちの話を書き留めて図にしましたが、以後は子どもたちが自分で自分の感情の波を表すことができるとよいと考えていました。クラス全体の中でプライベートな話をすることについては、子どもや集団の様子によっては配慮が必要かもしれませんが、子どもたちの中にあるものを言語またはそれ以外の方法で表出させる機会をつくることはとても大切だと感じました。さらに、日常的に、レジリエンスゾーンのモデル図を参考にして自分や他者の感情の状態を認識したり、定期的に子どもたち自身が心の調子をグラフに表現して振り返ったりすることができるよう、実践を重ねたいと思っています。
執筆:浅野聡子

★今回紹介した事例に関連する情報には、『感情と社会性を育む学び(SEL)―子どもの、今と将来が変わる』の121~135ページには「感情の温度計」「 ストレスの対処法を教える」「90秒ルール」などが、『学びは、すべてSEL』の68~76ページおよび93~126ページには、「レジリエンス」「4色のゾーンを使った感情の認識」「衝動のコントロール」「満足の遅延」「ストレス・マネジメント」「コーピング(対処・対応)」などが紹介されています。また、わたし、あなた、そしてみんな - Google ドキュメント のなかにも「気持ち」についてアクティビティーが12個紹介されています。今回の事例に近いのは、「今日の私の感情起伏線グラフ」「フィーリング・チェック」「気持ちに耳を傾けよう」などです。