2025年6月22日日曜日

アドボカシースキルとエージェンシー

アドボカシーもエージェンシーも本来、日本語で一言で表現することが難しい言葉で、私はこれらの概念の大切さには長い間気がつきませんでした。アメリカで子育てをし、教育関係の仕事に従事するなかで初めて、その意義に気がつきました。


セルフ・アドボカシー・スキルの必要性と育み方の例から発展させて、教育の社会的な意義の一つは、自分を越えて、コミュニティや社会をよりよいものにするためのアドボカシー・スキルと「エージェンシー」を育むことであると思います。


「エージェンシー」の定義はさまざまですが、文部科学省の資料によると「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力」であり、「将来に向けて準備ができている生徒は自らの教育や生活全体を通して、エージェンシーを発揮していく必要がある。エージェンシーは、社会参画を通じて人々や物事、環境がより良いものとなるように影響を与えるという責任感を持っていることを含意する、また、エージェンシーは、進んでいくべき方向性を設定する力や目標を達成するために求められる行動を特定する力を必要とする。」と述べられています。ここでは、社会に「影響を与えるという責任感」とされていますが、エージェンシーは、責任感とともに、社会に「影響を与えられる」と感じていること、自己効力感に近いものであると思います。


さて、コミュニティや地域社会をよりよくするためのアドボカシースキルとエージェンシーはどのように鍛えられるのでしょうか。


セルフ・アドボカシースキルと異なるのは、声を挙げたことによる利益の享受者が個人や声をあげた人自身にとどまらないことだと言えますが、セルフ・アドボカシー・スキルを通じて自分の声を届ける、受け入れられる経験や自分たちで創造するという経験がなくては、社会をより良いものにするためのアドボカシー・スキルは育ちません。


今週アメリカの中学校(8年生)を卒業した子どもの学校での取り組みについてみていきます。


セルフ・アドボカシー・スキルの経験としては、この半年の間に、学校やPTAと話し合いや協力を通じて自分たちの欲しいものを手に入れる経験をしました。

こちらは、日本の学校での文化祭などのイベントの企画などを通じても同じようなことが行われているかと思います。


卒業記念品の変更

卒業記念品として、卒業生全員の名前の入ったTシャツが贈られる予定でした。予算の都合上、担当の先生によってTシャツと決定されていました。寒い時期が長いため、着られる期間が長いパーカーがよいとの意見が何人かの生徒から出ました。卒業イベントのために保護者によって行われていたベークセールなどのファンドレイジングに加えて、生徒たちで積極的に宝くじ(学区内の家を周り、宝くじを一口$10で売り、収入の半分を当選者に、半分を8年生のために使う)を売り、予算上、実現可能になったため、パーカーへと変更されました。


卒業アルバムの作成

卒業アルバムは、担当の教員、ボランティアの保護者、そして、生徒の卒業アルバム制作委員会によって作られました。生徒が中心になって、卒業アルバムのテーマから、内容まで決めました。そして、内容に沿ったアンケートをつくり、回答を募ったり、回答していない生徒に働きかけたりしました。


アドボカシー・スキルを育む経験としては、社会科の授業を通じて半年ほどかけて行われたCapstoneプロジェクトがありました。中学校集大成のプロジェクトで、地域社会の課題を見つけ、周りを巻き込みながら解決に向けて行動を起こす、というものです。


地域社会の課題としては、歩道がガタガタで車いす利用者が通れないことや、街中の街灯が少ないこと、ネズミの多さ、など、一人ひとりが課題を決めます。その課題について、個人でリサーチして、どうしてそれが問題となるのか、関連する法律、どのようなデータや情報が必要なのか、改善案やその効果、などについて自分の主張をまとめます。その後、自分の主張を届けるために、公共の該当機関や担当者に問い合わせたり、インタビューやアンケートをとったり、賛同する人の署名を集めたりします。最後に保護者に向けて発表をして締めくくりました。


一人ひとりのプロジェクトの内容や結果はさまざまでした。州や街の担当者に連絡をして、回答をもらえた生徒ももらえなかった生徒もいました。署名が多く集まった生徒もそうでない生徒もいました。とてもよいと感じたことは、発表をしてプロジェクトが終了、というわけではなかったことです。うまくいった生徒はもちろん、うまくいかなかった生徒も、クラスメイトが結果を残して何かを変えられたことを目の当たりにすることで、自分のもつ影響や可能性に気づくことができました。そして、課題を分析し、データを用いて問題点を主張する力、自治体や担当者にアプローチした方法や経験は、アドボカシースキルとともにエージェンシーを育むことにつながります。


2006年に改正された教育基本法第二条では、「…公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う」としており、すでにエージェンシーと共通することが述べられています。学校生活を通じて社会やコミュニティの一員であることを自覚する機会や経験、そして、社会やコミュニティに影響を与える経験が、エージェンシーを育てるために必要です。


2025年6月7日土曜日

時間の管理

時間の管理を苦手にしている生徒は(大人も!?)少なくありません。著者のサックシュタインさんは、アメリカでは「とくに、思春期の生徒の場合はその傾向が強い」と書いています。「年齢が上がるにつれて、提出物などの期日を忘れないように確認してくれる大人が少なくなり、学習する場所もバラバラになって、生徒自身が時間を管理しなければならなく」なるからです。

「小学校のころは、はっきりと期待を示してくれる教師と一緒に一日の大半を一つの教室で過ごしていたので、楽だったかもしれません。中学生になってクラスが変わる★と時間管理という新たな悩みが生じるため、このスキルを身につける必要があるのです」(『成績だけが評価じゃない』の107ページ)とサックシュタインは書いた後に、

「子どもの計画性や責任感の育成には、万能となる解決策はないということです。一人ひとりの生徒が自立した学習者になるためには、それぞれ少しずつ異なるものを必要とします」。幸いなことに、生徒が自立した学習者になる筋肉(能力)を鍛える方法はたくさんあります。少なくとも、生徒自身が時間管理に関する強みと課題に気づけるようにはできます(同、108ページ)。

と提案してくれています。

 時間を管理する方法は、ハイテク、ローテクを問わず、多様にあります。もっとも一般的なのはカレンダー(手帳、計画表)★★でしょう。いまは、紙媒体とオンライン形式の選択肢があります。さらに、グーグルカレンダーなどのリマインダー機能★★の使い方を紹介してあげれば、より効果的なサポートになります。

期日を入力する際、生徒はどのくらい前に通知すればよいかの判断をします。「はじめよう」というリマインダーを送る生徒もいれば、「プロジェクトの締め切り(レポートの提出日)は三日後」というリマインダーを送る生徒もいます。このように、それぞれに合わせた方法で時間管理を教えて、それぞれの生徒の学習習慣を尊重し、「口うるさい」と感じさせないようにします。それでも、有益なリマインダーが得られます(同上、110ページ)。

 この時間管理がうまくできないという問題は、単に方法の部分に限定されないとも思います。何を大切に思い、何はそう思えないのか(つまり、何は心底自分がやりたいと思い、何はその位置づけではないのか)という個々の生徒の優先順位の問題というか、クリティカルに思考ができるかの問題が大きいような気がします。前者として捉えられれば(優先順位を高く設定できれば)、方法にはほとんど関係なく、生徒たちもしっかりと時間に遅れずに対処できる能力はもっているようです(自分が心底やりたいと思えることは、誰でもちゃんとやれる!?)。そうなると、大切なものとそうでないものをしっかり見極めて行動する能力としてのクリティカルな思考能力/優先順位をつけられる能力をどうやって磨くことができるかの部分が重要になります(もちろん、自分は大切とは思えなくても、やらざるを得ないものへの対応を身につけないといけないという現実的な問題は残ります。しかし、こちらは、上で紹介した「方法論」でかなり磨けるのではないでしょうか?)。

★アメリカでは、中学生以上は、日本の大学のように、自分の取る授業ごとに移動をします。日本の中高のように教師が生徒たちのホームルームに来てくれる体制になっていません。ということは、日本では、アメリカで中高生で起こり始める問題が、大学以降に持ち越しになっているとも言えるかもしれません。

★★私はスティーブン・コヴィーの『7つの習慣』が好きですが、なかでも最も感激したのは、自分のための自分、夫としての自分、父親としての、組織の人間としての自分、コミュニティーの住民としての自分、そして地球市民としての自分(確か、この6つでアメリカ人の執筆なので「国民としての自分」は含まれていなかった記憶です)を書く欄があるスケジュール表を勧めていたことでした。実際、その手帳をしばらくは売られていました。通常の手帳/スケジュール表は、組織の人間としての自分=仕事関係のことしか書き込まないのですが、他の5つも同じように大事するべきだと思うからです。書く欄があれば、空白を埋めることを常に迫られるのでいい練習になり、それが身についたら、通常の手帳に戻っても大丈夫かと思います。

★★★スマホやパソコンなどに案内が自動的に送られる機能です。筆者もこれに毎日助けられています。