アドボカシーもエージェンシーも本来、日本語で一言で表現することが難しい言葉で、私はこれらの概念の大切さには長い間気がつきませんでした。アメリカで子育てをし、教育関係の仕事に従事するなかで初めて、その意義に気がつきました。
セルフ・アドボカシー・スキルの必要性と育み方の例から発展させて、教育の社会的な意義の一つは、自分を越えて、コミュニティや社会をよりよいものにするためのアドボカシー・スキルと「エージェンシー」を育むことであると思います。
「エージェンシー」の定義はさまざまですが、文部科学省の資料によると「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力」であり、「将来に向けて準備ができている生徒は自らの教育や生活全体を通して、エージェンシーを発揮していく必要がある。エージェンシーは、社会参画を通じて人々や物事、環境がより良いものとなるように影響を与えるという責任感を持っていることを含意する、また、エージェンシーは、進んでいくべき方向性を設定する力や目標を達成するために求められる行動を特定する力を必要とする。」と述べられています。ここでは、社会に「影響を与えるという責任感」とされていますが、エージェンシーは、責任感とともに、社会に「影響を与えられる」と感じていること、自己効力感に近いものであると思います。
さて、コミュニティや地域社会をよりよくするためのアドボカシースキルとエージェンシーはどのように鍛えられるのでしょうか。
セルフ・アドボカシースキルと異なるのは、声を挙げたことによる利益の享受者が個人や声をあげた人自身にとどまらないことだと言えますが、セルフ・アドボカシー・スキルを通じて自分の声を届ける、受け入れられる経験や自分たちで創造するという経験がなくては、社会をより良いものにするためのアドボカシー・スキルは育ちません。
今週アメリカの中学校(8年生)を卒業した子どもの学校での取り組みについてみていきます。
セルフ・アドボカシー・スキルの経験としては、この半年の間に、学校やPTAと話し合いや協力を通じて自分たちの欲しいものを手に入れる経験をしました。
こちらは、日本の学校での文化祭などのイベントの企画などを通じても同じようなことが行われているかと思います。
卒業記念品の変更
卒業記念品として、卒業生全員の名前の入ったTシャツが贈られる予定でした。予算の都合上、担当の先生によってTシャツと決定されていました。寒い時期が長いため、着られる期間が長いパーカーがよいとの意見が何人かの生徒から出ました。卒業イベントのために保護者によって行われていたベークセールなどのファンドレイジングに加えて、生徒たちで積極的に宝くじ(学区内の家を周り、宝くじを一口$10で売り、収入の半分を当選者に、半分を8年生のために使う)を売り、予算上、実現可能になったため、パーカーへと変更されました。
卒業アルバムの作成
卒業アルバムは、担当の教員、ボランティアの保護者、そして、生徒の卒業アルバム制作委員会によって作られました。生徒が中心になって、卒業アルバムのテーマから、内容まで決めました。そして、内容に沿ったアンケートをつくり、回答を募ったり、回答していない生徒に働きかけたりしました。
アドボカシー・スキルを育む経験としては、社会科の授業を通じて半年ほどかけて行われたCapstoneプロジェクトがありました。中学校集大成のプロジェクトで、地域社会の課題を見つけ、周りを巻き込みながら解決に向けて行動を起こす、というものです。
地域社会の課題としては、歩道がガタガタで車いす利用者が通れないことや、街中の街灯が少ないこと、ネズミの多さ、など、一人ひとりが課題を決めます。その課題について、個人でリサーチして、どうしてそれが問題となるのか、関連する法律、どのようなデータや情報が必要なのか、改善案やその効果、などについて自分の主張をまとめます。その後、自分の主張を届けるために、公共の該当機関や担当者に問い合わせたり、インタビューやアンケートをとったり、賛同する人の署名を集めたりします。最後に保護者に向けて発表をして締めくくりました。
一人ひとりのプロジェクトの内容や結果はさまざまでした。州や街の担当者に連絡をして、回答をもらえた生徒ももらえなかった生徒もいました。署名が多く集まった生徒もそうでない生徒もいました。とてもよいと感じたことは、発表をしてプロジェクトが終了、というわけではなかったことです。うまくいった生徒はもちろん、うまくいかなかった生徒も、クラスメイトが結果を残して何かを変えられたことを目の当たりにすることで、自分のもつ影響や可能性に気づくことができました。そして、課題を分析し、データを用いて問題点を主張する力、自治体や担当者にアプローチした方法や経験は、アドボカシースキルとともにエージェンシーを育むことにつながります。
2006年に改正された教育基本法第二条では、「…公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う」としており、すでにエージェンシーと共通することが述べられています。学校生活を通じて社会やコミュニティの一員であることを自覚する機会や経験、そして、社会やコミュニティに影響を与える経験が、エージェンシーを育てるために必要です。
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