2025年7月19日土曜日

マインドフルネス

 マインドフルネスは、最近教育の世界でも聞くようになった言葉の一つではないでしょうか? しかし、それはEQSELと同じレベルで、まだよく分かっていないし、うまく教育に活かせていない状態のような気がします。自己管理スキルとしてのマインドフルネスには、大きなポテンシャルがあるのに(SELの2本目の柱である「生徒が自己管理/コントロール能力を身につけることの大切さ」の3回目のテーマは、そのマインドフルネスです)!

『成績だけが評価じゃない』の著者のサックシュタインさんは、マインドフルネスのコーチのチャーリー・アンスタット氏が言っている定義の「今、自分が何をしているかを知っていること、つまり今この瞬間を完全に意識している状態」を紹介してくれています。彼女の言葉でいうと、「マインドフルな状態であることの要点は、状況のなかで起こりうるすべての問題や結果を心配するのではなく、目の前にあるもの、コントロール可能なことへの集中にあります」★ということになります(『成績だけが評価じゃない』の129ページ)

 「マインドフルネスは、すべての生徒に効くといった特効薬ではありません」としたうえで、生徒たちが最も不安を感じるテストをはじめ、学校生活(あるいは、家庭生活や社会人生活!)のあらゆる側面で不安やストレス(や苛立ちや怒り)をコントロールするのに役立つことから、各自にあった方法を見つけ出すのを助ける役割が教師にはあります。

 もっとも簡単でどこでも(しかも、短時間で)やれる方法として呼吸法があります。たとえば、次のような二つです★★同上、130ページ)。

チェックイン――姿勢よく席に座らせて、静かに目を閉じ、10回息を吸ったり吐いたりして自分の呼吸に集中するようにします。この間、生徒が姿勢を意識しながらリラックスしていることを確かめてください。さまざまな考えが心に浮かびますが、さらっと受け流すようにと言います。10回の呼吸が終わったところで、目の前の課題に取り組みはじめるようにします。

ボディースキャン――椅子に座るか、仰向けに寝て、背筋を伸ばしリラックスしますが、常に呼吸に集中します。生徒が呼吸に集中している間、生徒の注意を足の先に向けさせ、その部分をリラックスするように指示します。そこから、頭部にまで上へ上へと進んでいきます。この方法は、自分の身体の内なる感覚を、「いま、ここ」に集中させるように設計されたものです。これによって、身体の外側に存在している問題に対する不安が軽減されます。(頭頂部まで意識を広げたうえで、時間の余裕があれば、再び足の指先に戻ったり、数回繰り返したりすることもできます。)

 サックシュタインさんは、マインドフルネスに関する文献をチェックしたうえで、次のような効果があることを指摘してくれています(同上、130~131ページ)。

今この瞬間に意識を向けることで、行動上の問題や感情のコントロールに役立つ。

高ぶった感情を徐々に和らげることで、いじめを減らすことに役立つ。

・思いやりや共感の気持ちをもたらす。

学業成績の向上と学習スキルの習得につながる。

・生徒は集中力を維持し、より深いクリティカルな思考をもって課題に取り組めるようになる。

・呼吸について考えることや感情の状態を理解する方法を身に着けることで、感情的な反応の奥底にあるものまで表現できるようになる。

 これだけの効果があるのですから使わない手はありません。研究者の中には、年齢層や教科を超えて、体育から算数・数学に至るまでマインドフルネスを教えるようにと提唱している人もいます。(ということは、イベント的に、あるいは忘れたころに思い出してたまにマインドフルネスの活動(エクササイズ)を生徒たちにやらせたところで、あまり効果はないことを意味します。計画的にやらなくては。そして、全員に同じものをさせるよりも、各自がベストなものを見いだせる形で行うことの方が大切であることも!)

 サックシュタインさんは、そうした状況のなかで

教師は、こうした行動の見本が示せますし、またそうすべきです。ヨガ教室に行ったり、グループで瞑想をしようと言っているわけではありません(正直なところ、私は何度も挑戦しましたが、ヨガにはあまり興味がもてませんでした。腰を曲げたり、体をひねったりして、頭を他人の背中に近づけて呼吸するという状態はあまりリラックスできませんでした)。私にとってのマインドフルネスとは、自らの思考に寄り添う状態です。散歩やランニングをしたり、サイクリングをしたりすることもあります。何かにイライラしはじめたら、呼吸に注目するようにしています(同上、130ページ)

 と書いています。なんと、彼女は腕に 「忍耐を練習する(Practice Patience)」というタトゥーまで入れているようです。そしてさらに、「生徒のために、今を生きること、配慮に関することをモデルとして示せば示すほど、共有された空間にいる状態をより楽しめます。個人的には、生徒と一緒に(あるいは自分自身でも)マインドフルネスを実践することが、忍耐力、集中力、精神的なゆとりを保つために不可欠な方法でした」(同上、132ページ)としています。

教えはじめたころは、忙しすぎてゆっくりと自分の感情を顧みる余裕がありませんでした(また、そう思いこんでいました)。そのため、早い段階で燃え尽きてしまいそうにもなりました。あのときに、今のようなスキルを身につけていればよかったと思っています。

イライラした気持ちを自覚し、それに対処する方法をもっているだけで非常に助かりました。それが理由で、生徒にもそのスキルを教えるようになったのです。生徒が自分の感情の幅広さに触れ、それに対処できるようになれば、感情が高ぶったときでもうまく機能します(同上、132~3ページ)。

 このような彼女の経験をもっていたり、似たような状況にある先生は、日本でも少ないのではないでしょうか?

 このマインドフルネスを実践するにあたって、サックシュタインさんは再度、次のように警告を発しています(同上、133ページ)。

そうは言っても、マインドフルネスは必ずしもすべての人に同じく機能するものではありません。私は、自己コントロールに役立つマインドフルネスの活動に取り組んでもらうように求めることは正しいと思っていますが、そのような活動に違和感を覚える生徒がいる場合、問題が起きる可能性があることも認識すべきです。

その気にならない生徒に対しては、無理強いをしてはいけません。自分のためになる方法として使えるようにしなければなりません。また、この活動に別のリーダーを必要とする生徒のために、同僚と協力して別の機会を設けることもできます★★。

 

★ 私は20年以上前に、この言葉に関心をもち、『校長先生という仕事』のなかで次のような表を紹介しました。「マインドフルなリーダー」は、校長だけでなく、すべての教師も指します! そして「伝統的なリーダー」は「マインドレスなリーダー」を指し、同じく校長と教師の両者のことです。

★★ 『SELを成功に導くための五つの要素』の94~113ページおよび136~142ページ、『感情と社会性を育む学び(SEL)』の120、138、238~9ページ、『好奇心のパワー~コミュニケーションが変わる』の第8章、そして『生徒指導をハックする』の第6章などを参照してください。また、ネットで「マインドフルネスの方法」「マインドフルネス 呼吸法」「マインドフルネスの本」などで検索してみてもたくさんの情報が得られます。

 

2025年7月5日土曜日

プロジェクト学習

SELの2本目の柱である「生徒が自己管理/コントロール能力を身につけることの大切さ」の初回では「時間の管理」を扱いましたが、2回目はプロジェクト学習です。『成績だけが評価じゃない』の著者のサックシュタインさんは、プロジェクト学習(Project-based Learning。以下、PBL)を、

「生徒が現実世界に存在する、個人として意味のあるプロジェクトに主体的に参加する学び方・教え方」1のことです。生徒が興味をもつ探究課題に深く取り組むことを求める「本物の学習体験」2を促進して、授業をサポートします。

 PBLは、自己管理能力やそのほかのSELの核となる能力を伸ばしながら、必要な学習スキルや内容知識を生徒が身につける最適な方法です(『成績だけが評価じゃない』の117ページ)。

と説明しています。

 PBLは、探究学習(https://x.gd/ATFao)やデザイン思考(https://x.gd/yV0dj)と基本的に同じもの(あるいは、とても似たもの)と捉えられます。この教え方だと、教科で押さえるべき知識面と、自己管理能力を含めたSELの核となるスキルを分けることなく一緒に身につく形で教えることができるという大きなメリットがあります。

 彼女はまた、『Rigorous PBL by Design(生徒が主体的に取り組むPBLの設計)』という本を引用しながら、PBLの特徴を次のように紹介してくれています。

 「優れたPBLをどのようにデザインすれば生徒が内容の理解を深め、最終的には知識を応用・活用できるのか。従来のようなやり方で授業を行い、簡単な試験やテストで評価するのではなく、生徒を巻きこみ、その過程で生徒が何を知っているのか、何ができるのかを実際に見取る教え方がPBLです。PBLには、継続的なフィードバックと問題解決が構造的に組み込まれているからです」(同上、117~8ページ)

そしてさらに、

問題解決型のアプローチの利点を指摘し、PBLを「21世紀にふさわしい成果に対応し、21世紀に必要とされる仕事に関連する行動を真似られ、現実世界の問題を実際に解決する機会を生徒に与えられる教育手段」と表現しています。

現実の問題を解決する機会を生徒に提供するだけでなく、取り組みたい問題を生徒に選ばせることもできます。これには、市民としての意識や社会的スキルを育むためのサービス・ラーニング4といった機会も含まれます(同上、118ページ)。

 中等学校の社会科教師のチャリティー・パーソンズ先生は、PBLを実践するポイントを以下のように整理しています(同上、119ページ)。

     生徒の生活に結びつける。

     現実世界の問題や複数の視点に結びつける。

     教室に探究者のコミュニティー★5をつくる。

     本物の評価★2を行う。

     生徒に考えさせたい質問を提案したいという教師の熱意を認めたうえで、生徒が主導権をとる。

この最後の点について参考になるのが、『たった一つを変えるだけ』ですので参考にしてください。サックシュタインさんは、プロジェクト学習について次のようにまとめてくれています(同上、120ページ)。

パーソンズ先生が提案するように、PBLは学習と評価のプロセスに生徒が参加するという素晴らしい方法です。生徒が授業中にプロジェクトに取り組んでいるとき、必要に応じて教師は手助けをしたり、生徒の生活や興味関心に結びつくスキルや内容を身につけるための実地経験も与えられます。また、プロジェクトは長期間にわたって行われるため、時間の管理や目標設定のスキルを磨く機会ともなります。

 通常の教科書をカバーする授業とは、生徒たちの取り組みはまったく違います! なにしろ、自分たちが教科書に合わせるのではなく、自分たちがしたいことに取り組むのですから!★6 そこでは、もはや授業時間という捉え方も存在しなくなります。生徒たちが主体的に取り組み始めたら、もはや授業時間というくくりは意味のないものになってしまいますから。生徒たちはいつでもどこでも考え続けたり、実験したり、書き続けたり、読み続けたりするようになるわけです。

 

★1・アメリカでPBLの普及でもっとも有名な団体がまとめた本が『プロジェクト学習とは』ですので参考にしてください(https://www.pblworks.org/what-is-pbl)。

★2・「本物の学習体験」とは、実際の生活や社会で直面するような現実的な問題場面での解決方法を考えることです。そのなかで生徒を評価するときは「本物の評価」と言います。「真正の」と訳されることもあります。教科書をカバーして、テストでその記憶力を測るような、学校(あるいは、授業)のなかだけで完結する学習体験を「偽物の学習体験」や「偽物の評価」と位置づけることで際立たせています。

★3・PBLには、ここで紹介されている「プロジェクト学習(Project-based Learning)」と「プロブレム学習(Problem-based Learning)」の2つがあります。両方とも略すとPBLとなり、その方法も、現実に存在する問題を扱って解決するという点でもまったく同じです。プロブレム学習については、『PBL~学びの可能性をひらく授業づくり』(北大路書房)を参照してください。

★4・ボランティア活動のように、教室で得た知識を地域社会において社会貢献活動を行うことです。学習者と地域社会が連携し、双方に利益がもたらされます。日本で行われているボランティア活動、キャリア教育、職場体験などとは大きな違いがあるので、それを明らかにすることで日本でも今後取り組むべき展望が見えてきます。

★5・教室のなかに「学習者のコミュニティー」ができることは、教科書教材を扱っている限りはなかなかハードルが高いです。主役は、教材であって自分たちではないことを、教師も生徒たちも薄々感じているからだと思います。それに対して、自分たちが主役と思えると、まったく違った「(教師も含めて)みんなで「よりよい学習者」になっていくコミュニティー ~ 共に助け合い、教え合い、学び合い、刺激し合う「学習者仲間」として存在している」関係が構築されるのです。https://wwletter.blogspot.com/2010/05/ww.html

 学校においては、教師集団がこれをモデルで生徒たちに示し続ける存在である必要がありますが、それを実現できている学校はどれほど日本に存在しているでしょうか?(それは、「校内研修」という枠組みで捉える限りは到底できるものではありません! 本文の最後に書いたような「授業」という枠組みから脱することができるような工夫をしないと、継続して共に助け合い、教え合い、学び合い、刺激し合う「プロの教師の学習者集団」を構築することはできません。それは、やらされてするもの(というより、仕方なくそこにいるもの)ではなく、やりたくて仕方がないから、やらなければ他の仕事に支障をきたすから、するものです。)

★6・文科省も、この大切さというか価値を知っているので、「総合的な学習の時間」を設けました(残念ながら20年を経て、風前の灯火状態ですが)。それではまずいと、今度は「総合的な学習(探究)の時間」と言い始めています。しかし、それらの関連であまりお勧めできるような情報に出会ったためしがないので、今号では普通ではあまり目にしない多数の本を紹介しています。