「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」のような(正解が一つではなく、多様にあり得る)難題に挑戦するための三つ目のアプローチは、デザイン思考です。それを、小学校を含めた学校教育に導入するための本としてhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2021/05/blog-post_16.html で紹介している『教室におけるデザイン思考』があります。(残念ながら、この本の翻訳は2年以上前に終わっていたにもかかわらず、版権の取得ができず、どういうわけか版権を取得した出版社も、いまだに邦訳が出せていないという悲劇が続いています!)
以下で紹介するデザイン思考の内容は、その本のなかから下訳したものを原書のページ数をつける形で示します。
●デザイン思考とは
「デザイン思考はなぜ重要か?」という第1章のはじめて、「デザイン思考によって、生徒はどんな種類の問題や状況に対しても、地域や世界を変革する主体となり、デザイナーのように対応できるようになるのです。デザイン思考は人間中心の方法であり、すべての人がデザイナーのように考え、行動できるようにする手立てとツールを提供することによって、デザインのプロセスを一部の人たちだけのものではないように民主化します。ここで言う『デザイナー』とは、状況や経験を改善したり、特定の問題を解決したりするために思考し、計画し、行動するうえで、デザインのプロセスや方法を用いる人を指しています。デザイン思考のプロセスは、共感、定義、発案(創造)、試作(プロトタイプ)、テストという5つのフェーズ(局面)からなっています」(24ページ)
これを図化すると、以下のようになります。
「デザイン思考のプロセスはすべて、共感のための活動から始まります。共感活動によって、デザイナーは、自分がデザインする作品や解決策を利用するユーザーである人々を深く理解します。デザイナーは、問題を解決したり、ユーザーの経験を改善したりするための効果的な解決策をデザインすることを目指して、ユーザーのニーズを学」(25ページ)ぶのです。
このデザイン思考を世に広めた会社IDEOの社長のティム・ブラウンの定義を活用しながら、著者は教室でのデザイン思考を次のように定義しています。
「デザイン思考は、人間中心で探究中心の学習支援と、イノベーションを好むマインドセットとの統合です。そこでは生徒は教科横断的な知識・スキルを創造的な実践に活用し、共感的な気づきを協働で発見し、斬新なアイディアを生み出して探究し、目に見える成果をつくり出し、それをテストし、改良します。デザイン思考は、人々の(あるいは生徒自身の)生活に意味ある変化をもたらし、実社会の経験を改善し、複雑な問題への解決策をつくり出そうとする、勇気ある努力なのです」(28ページ)
そして、スタンフォード大学のデザイン研究所のdスクールは、そのなかにK12ラボと呼ばれる幼稚園年長から高校卒業年度までを対象にしたプログラムもつくりました。これらの年代の生徒たちも、そしてその教師も身につける必要のある6つのマインドセット(考え方)を明らかにしています。それは、①人間中心、②プロセスの自覚、③試作品・試作案づくりの文化、④まずやってみるという気持ち、⑤言うのではなく、見せる、そして⑥根本的な協働です(34ページ)。これらは、どれをとっても、従来の教え方・学び方とは逆さまと思わされます。さらに、デザイン思考の取り組みを成功するのに必要なマインドセットとして、⑦創造力に対する自信、⑧創造的であろうとする勇気、⑨成長マインドセット、⑩初心者マインドセット、⑪「解放のデザイン」ともいえるようなマインドセットが挙げられています(38~43ページ)
●最初の段階の共感フェーズ
デザイン思考全体に関する前段の部分が長くなりましたが、それでは最初のフェーズの「共感」の説明に入ります。『教室におけるデザイン思考』(原書名:Design Thinking in the Classroom)のなかで、もっともページ数が割かれているのがこの章であることからも、その重要性が伺われます! 著者は、この共感フェーズについて、次のように説明しています。
「共感フェーズでは、生徒はデザインの対象を使う人々と、今後のデザインプロセスの大筋について中心に学びます。このフェーズが、デザイン思考を人間中心的なものとしています。このフェーズにおいて、生徒はユーザーのニーズと要望を深く理解します。ユーザーとは、生徒のデザイン活動が問題を解決し、実社会での経験を改善するためにつくりだした成果を利用する人たちのことです。共感の活動で、生徒はユーザーの感情や価値観や経験を知り、理解し、総合し、共有しようとして特定の行動をとります。ティム・ブラウンは共感の活動を、『他者の目を通して世界を観察し、他者の経験を通じて世界を理解し、他者の感情を通じて世界を感じ取る努力』(同書、p.68)と記しています。
生徒はインタビューや観察、現場に入っての経験や調査を行うことによって、共感をもつことができます。こうした共感の活動を行うのは、特に年少の生徒にとっては大変なことです。しかし、実践を数多く重ね、さまざまな方法を用いることによって、生徒は自分たちのデザインにとって役立つ気づきを得られるようになります。そうした気づきによって、生徒が物事を新しい光のもとで見ることができ、現在のアイディアや、実践、手順を見直し、ユーザーのふるまい方が説明できるようになります。こうした予期しなかった発見に示唆をうけて、デザイナーは革新的な解決のための新しいアイディアを開発することができるのです」(49~50ページ)
●共感を可能にするための具体的方法
そして、それを実現する方法として(それらはすべて、大人たちも実際に使っている方法なのですが)、
・インタビュー
・観察
・イマージョン
・調査
の4つについて詳しく紹介しています。
インタビューに関しては、それをするときの原則として、次の点に注意をするように促しています(60ページ)。
・広がりをもった質問と「なぜ?」の質問をする。
・物語を引き出す。
・インタビューするのではなく、いっしょにお話しをする感じで話す。
・よく聴き、自分の評価を加えない。
・詳しくノートをとる。
・質問の展開と順番をよく考える。
観察は、生徒が「ユーザーは何をするのか、どのように活動するのか、どうして特定の仕方でそうした活動を行うのか、そして、ユーザーができないことは何か、といったことを観察します。質的要素に着目するこの種の実地調査で観察されるユーザーの活動、行動、感情は、生徒が気づきを得る手助けになります。したがって、ユーザーがデザイン活動の成果を用いたり、経験したりする実際の環境を生徒が訪れて、そうした環境の中にいるユーザーを観察することが非常に重要です」(62ページ)
3番目の共感活動は「イマージョン(浸っている状態)」です。イマージョンとは、ユーザーが経験していることの中に自分の身をおくことです。つまり、自分たちのデザイン活動の全体像をよく理解するために、生徒はユーザーがしていることを自分たちもしてみるのです。(64ページ)
最後の、「調査」は共感活動のための重要な方法であり、すべてのデザイン思考のプロジェクトにおいて、もっとも多く使われています。調査は、生徒がデザイン活動と、デザインの成果を使用するユーザーについての情報を得るためのすぐれた方法です。まず、生徒に、ウェブサイトや本、ビデオ、教育ゲームなどの、デザイン活動を効果的に行うのに必要な知識やスキルが得られる情報源を提供します。これらの情報源は、共感フェーズだけでなく、他のすべてのフェーズでも、すぐに利用できるようにします。(67ページ)
「車椅子やベビーカーユーザーの優先/専用エレベーター問題」など現実に存在する困難な問題を解決・改善しようとする際に、どのようにアプローチしたらいいか、以上の説明で少しはイメージがつかめたでしょうか? この共感フェーズは、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/06/pbl.html(アプローチ2で紹介したPBL)でも、そのまま使えるというか、使うべきステップです。
★難題や複雑な問題とSELとの関係に最初に触れたのは、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/05/sel.htmlです。その記事から、スピンオフで「共感シリーズ」と「難題や複雑な問題への対応シリーズ」がはじまりました。